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定昇は維持した上で賃金カットを!
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今回は、2009年3月に他サイトに掲載した記事を一部内容修正して当ブログに再掲載します。
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春闘の回答が出始めている。物価上昇に伴うベースアップ要求はことごとくゼロ回答。しかも、巨額の最終赤字に陥る大手電機メーカーの中には定期昇給まで凍結する動きがあると言う。

私の勤める会社では、労使協議の結果待ちの状況であるが、ベースアップゼロは当然としても、是非とも定昇は確保していただきたいと願う。

と言うのは、1年に一度の定期昇給は、全員の給与を実質一律に値上げするものとは最近性質が変わってきている。成果主義に基づき、個人の能力、スキルに応じて、人によって差をつけているのである。つまり、前年度に能力がぐっと伸びた人には大幅なランクアップがあり、逆に不本意な結果に終わった人には、ごく僅かなランクアップ(最悪降格もあり得る)に抑えられるという、メリハリのきいた定昇なのである。

それがもし凍結となれば、1年間の頑張った結果、逆に失点した結果が、両方ともチャラになってしまうのである。これだと、頑張った人が馬鹿馬鹿しいということになり、モチベーションに影響してしまう。それこそ、成果主義と能力重視に重点を置くと決めた賃金体系を、会社自らが否定していることに他ならない。賃金体系を崩壊に追いやるようなことは極力避けるべきである。

とは言え、労務費に割り当てる原資を削減しなければならない事情があれば、当然ながら配慮しなければならない。よって、このような場合、私は、定昇を実施した上での一律賃金カットをするのが良いと考える。また、一時金を下げることも、生活に大きな支障がない範囲で実施することはやむを得ないだろう。あくまで能力主義の賃金体系を維持した上で、痛みを分かち合うのがポイントだ。

私の勤める会社では、以前実際に、定昇を維持した上で賃金カットしたことがあった。しかし、当時賃金カットは新入社員が除外されていたため、定昇分より賃金カット額が上回ることになり、2年目の社員の給与が新入社員を下回る”逆転現象”を生み出してしまった。これはいただけないので、賃金カットをするのであれば、新入社員も含めて一律で行うのが望ましいだろう。

さて、うちの会社はどのような協議結果が示されるのか、最新の業績見通しとともに気になるところである。
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昨年の結果としては、減収減益ではあったものの最終赤字は免れたため、定昇は維持され、賃金カットもありませんでした。
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テーマ:労働問題 - ジャンル:政治・経済

過去記事:貴乃花、もう引退しかないでしょう~平成15年大相撲初場所7日目~
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今回は、2003年1月18日に他サイトで掲載しました大相撲の記事を一部加筆修正してこちらに再掲いたします。
ちょうど横綱貴乃花引退直前の様子です。
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 今場所の大相撲は、何と言っても横綱貴乃花の進退問題がポイントでしょう。もちろん、朝青龍の綱取りも見逃せませんが、どうも平成の大横綱貴乃花の最後の雄姿を見るときが近いようです。私はその瞬間を見逃すまいと、昨日から17:30~18:00の30分だけビデオ録画しております。今は18日午後10時前ですが、引退会見していないか気になりながら書いております。

 そもそも貴乃花がおかしくなったのは今に始まったことではなく結構以前からでした。1998年には肝臓を悪くして顔がお化けになりながらも出場、そして整体師の洗脳騒動もちょうどその頃でした。若乃花との兄弟不仲説も浮上するなど、お世辞にも優等生とは言えず、横綱でありながら他の力士の模範ではなりませんでした。怪我をすることも多くなりました。2001年5月の大怪我をおしての千秋楽出場、小泉首相の「感動した!」という言葉と引き換えに7場所連続休場を余儀なくされたのでした。結果論ではありますが、無理に出ていなければ、力士生命を危うくするような事態には至らなかったのではないかと思います。

 今場所も十分に調整できないまま出場し、初日から怪しい相撲が続きました。初日の若の里戦では横に食いつかれて絶体絶命、捨て身の小手投げでかろうじて勝ちました。2日目の雅山戦では貴乃花十分の体勢になったかと思われましたが、腰高だったからか雅山の捨て身の投げをあっさりと食ってしまい、取り直しとなりました。その時、左肩を強打してしまいました。

 3日目から休場を余儀なくされたものの、「引退に直接繋がるわけではない」との北の湖理事長の談話もあり、このまま今場所を休場したとしても進退問題がすぐ浮上するわけではなさそうでした。ところが5日目からなんと強行出場、これで関係者の”温情”も蹴飛ばした格好となり、自ら退路を断ってしまいました。横綱としての自覚を疑いますし、それなりの成績をあげなければ当然責任を問われるところであります。貴乃花としては、このまま今場所を休場して不完全燃焼で終わるよりも、ボロボロになってでも燃え尽きた方が納得できるとでも思ったのでしょうか。自分はそれで納得できるでしょうけど、大相撲は多くのファンや関係者の支えによって成り立っていることを忘れてはいけないと思います。

 まあ、既に同情されてる時点で”終わっている”んでしょうけど、貴乃花はしぶとい。5日目の闘牙戦では突っ張りを右に回り込みながらなんとか勝機を見出しましたが、左肩をかばっているのは明らかでした。6日目の相撲は一瞬目を疑いましたよ。土佐ノ海が突っ込んでくるところをいきなり右へ変化、後ろに回って送り出しました。あっけにとられてしまいました。土佐ノ海を馬鹿にし、そして観客を馬鹿にした相撲だと思いました。このような相撲を私はヘボ相撲と言ってるのですが、これではそれを通り越してマヌケ相撲です。相撲内容なんぞカケラもなく、ただ単に勝負に勝っただけ、横綱の風格は微塵もありません。

 こんな”逃げ”の相撲がいつまでも通用するわけがありません。今日の出島戦では立ち合いからまともに押されて後退、右へ回り込むも最後は足を取られて逆転のかすかな可能性をつぶされてしまいました。完璧な惨敗です。

 今場所このまま出場しても、まともな相撲が取れない以上意味ないでしょう。角界のトップに立つ力士がこれでは、貴乃花のみならず大相撲全体にとってマイナスです。若手力士が真面目に稽古しなくなるのではないかと心配になります。今日にも即刻引退会見すべきでしょう。もう猶予はないです。これで思い出すのは若乃花のときです。そう言えばあの時も怪我してるのに無理して出場し、横綱が皆勤して負け越しという前代未聞の不名誉な出来事がありました。

 非常に厳しい書き方になりましたが、横綱という地位はそれだけ権威のあるものですし、要求されることも厳しいのです。大関ならば2場所連続負け越しは関脇転落で許してもらえますが、横綱の場合は横綱としての地位をまっとうできないならば土俵を去るしかないのです。今日引退会見しないのならば、その自覚を著しく欠いていると言わざるを得ません。

 明日の対戦相手は安美錦。実は安美錦も今日の相撲で腕を傷めました。ひょっとしたら明日から休場し、貴乃花は不戦勝になるかもしれません。出てきたとしても、相手も手負い力士ですから、勝機は十分にあるでしょう。今日引退しなかった場合は、明日も乗り切れる可能性は高いです。

 しかし、今場所を最後まで乗り切れるとは到底思えません。左肩が潰れている状態では相撲にならないでしょうから。とにかく、さっさと引退し、親方としての修行を始めた方が良いでしょう。このまま貴乃花が自分自身だけでなく、大相撲全体をも潰しにかかるのなら、協会が強制的に引退させるしかないのかもしれません。もっともこのような精神では、親方としてまともにやっていけるのかどうかも疑問ではありますが。

 さて、このサイトは貴乃花酷評のためにあるわけではありませんので、大関朝青龍の話もしましょうか。朝青龍は今場所も絶好調、相手に格の違いを見せつけるような余裕勝ちです。強すぎて、投げが強引とか言われているくらいです。強引だなあという印象は私も思いました。ああいった相撲は失敗するとすぐ取りこぼしに繋がるからです。まわしをがっちり引いて、相手を完全に封じ込めて寄り切ったほうが安全なのは確かでしょう。とは言え、他の力士が弱いですから、多少相撲が雑でも優勝できるでしょう。それだけの強さは持っていると思います。立ち合いの踏み込み、まわしを取る早さ、出足、圧力、技の速さ全てが他の力士を圧倒しています。怪我がない限りは横綱昇進は間違いないと見て良いと思います。

 そして特に追い風なのは、マスコミの注目が貴乃花に分散していることですね。その意味では貴乃花には千秋楽まで出場してもらえるとプレッシャーもそこそこに押さえられるのかなあなんて、我ながらアホなことを考えてしまいました。

テーマ:大相撲 - ジャンル:スポーツ

過去記事:荒れた成人式に物申す!(2)
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今回は、2001年2月に他サイトで掲載した記事を一部編集してこちらに再掲いたします。
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”成人式騒動”から約1ヶ月。香川県高松市の成人式でついに逮捕者が出てしまったことをきっかけにして、世の中では幅広い議論が交わされているようです。NHKテレビなどでは、非常識と言われる若者の心理に迫った特集を放送したりしていました。

 今回の成人式騒動では、騒ぎを起こした新成人の多くが後日になって市長や県知事らに謝罪に訪れています。そして皆自分のした行為に対し心から反省している様子だったとのことです。つまり、調子に乗って勝手に盛り上がっただけのつもりが、大きく報道されて初めて悪いことをしたと気づいたのではないかと思います。

 東京の日教組が高校3年生にアンケート調査したところ、驚くべき実態が明らかになりました。様々な行動の中で許せない行為の1位が「映画館での携帯電話」。「殺人」は他の項目と並んで2位にとどまり、なんと「殺人」よりも「映画館での携帯電話」の方が許せないと考えていることが分かったのです。しかも「殺人」を許せるとした人がなんと6%もいることには驚きました。「法律を守らなければならない」という基本中の基本の意識が、多くの若者の間で希薄化していることを如実に表しているものと思われます。

 若者のこうした深刻なモラル低下の一因としては、「わがまま」・「自己中心的(いわゆるジコチュウ)」な発想が挙げられます。私の考え方をまとめると、次のような流れになります。
・今の若者は何不自由のない世の中で、親に甘やかされて育てられた。よって我慢する・辛抱するという経験が極めて少ない。
・小さいときからゲームなどに没頭し、親からも”勉強しろ”としか教えられないため、人間として必要な思いやりの気持ちが育たない。
・だから、我慢して規則を守ることができないし、思いやりがないから人の迷惑のことなど考えることができない。よって「わがまま」・「自己中心的」な発想が生まれる。
・守るべき法律やマナーなども、自分の都合を優先させてしまい、悪いことを悪いと思わなくなる。NHK総合テレビ「クローズアップ現代」ではこのことをわがままならぬ”我がマナー”を呼んでいた。
・多くの若者が”我がマナー”の意識を持つことで、ますます悪いことを悪いと思わなくなる。
一言で表現するならば、現代の豊かな生活の歪みが若者の心の貧しさに表れていると思います。子供を甘やかす親、つながりがなくなった地域社会、そうした諸々の要素を、若者の心は率直に映し出しているのではないでしょうか。

 さて、成人式の話に戻しますが、成人式を存続させるべきかどうかの議論については意見が分かれています。「アホーな新成人のために税金を費やす必要などない!」などと、成人式を廃止するべきという意見も多数あるようです。私も現状のままの”非常事態の成人式”を存続することには反対です。ですが、税金の無駄という理由で成人式を取りやめても社会が良くなるのでしょうか。確かに税金は浮くでしょうが、「アホー」とされる新成人は確実に社会人の仲間入りをしてくるのです。はっきり言うと、このままでは日本の将来は危ないのです。

 前回も書きましたが、成人式の目的は「新成人を祝うとともに、成人としての自覚を新たにする」ことです。新成人がもっと積極的に式に参加し、大人としての自覚を持てるような内容を工夫していく必要があると思います。その意味では、今の成人式はまだまだ改善の余地があるのではないでしょうか。愛知県犬山市では、市が主催する成人式が廃止されたのを受けて、新成人らが自分たちで”新成人の集い”を企画し、見事に成功させました。また北海道のある市では、「騒ぐんだったら和太鼓でも披露してくれ」という声に新成人が応え、大いに盛り上がったとのことです。「新成人もやる気になったらできるんだ」ということを証明していると思います。成人式の意義を念頭に置き試行錯誤を繰り返しながら、こうした方法を模索していくとかなり改善されて実りある成人式を行うことができるのではないかと私は考えます。

 でも、もっと根本から改善していくには若者の意識を変えていくことが不可欠です。家庭や地域社会での取り組みはもちろんのことですが、学校ではゆとり教育よりもモラル意識や人への思いやりを高めるための教育(道徳教育)により力を注ぐべきです。昔の校則のように単に規則を守らせるのではなく、「なぜやってはいけないのか、なぜやらなければならないのか」という意識付けをしっかり行っていく必要があると思います。

 もう一つの手段は”モラルリーダー”の存在です。ファッションリーダーのように、モラルリーダーは格好良いという認識が広まれば、若者の意識もかなり変わってくると思います。皮肉な例かもしれませんが、2001年1月26日にJR新大久保駅で、ホームから転落した人を助けようとして亡くなった韓国人学生と日本人カメラマンに対して、国内のみならず韓国でも多くの人が心を打たれました。こうした勇気ある行動が人々の規範となったように、規則やマナーをきちんと守っていくことが規範となって若者を含む人々に浸透していけば、今後は成人式だけでなく社会全体が良くなっていくのではないかと考えます。

テーマ:考えさせるニュース - ジャンル:ニュース

過去記事:荒れた成人式に物申す!(1)
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”荒れた成人式”と言われていますが、ここ2~3年くらいは大きなトラブルもなく、比較的穏便に終わっている印象です。
まあ、一番ひどかったのは7年前の2001年ですね。今回は2001年1月14日で他サイトに掲載しました記事を一部加筆修正してこちらに再掲載いたします。
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 2001年1月8日、今年も全国各地で成人式が行われましたが、私語はもちろんのこと、式中の酒盛りや携帯電話、会場周辺の違法駐車など新成人のマナーの悪さが目立ちました。この話題については前後編に分けて2回に渡って述べていきたいと思います。

 ”荒れた成人式”、その中でも香川県高松市の「クラッカー事件」は全国ニュースで大きく報じられました。参加した約2500人の新成人のうち、10数人が会場内に日本酒を持ち込んで騒いだ挙句、うち5人が市長の挨拶中にステージに駆け寄り市長の顔めがけてクラッカーを鳴らした上にその残りかすを投げつけたのです。さらにその後、式の途中で会場を出てきた2,3人が、ロビーで取材していた男性記者に因縁をつけて顔などを殴り3日間の軽傷を負わせました。結果、クラッカーの5人は威力業務妨害容疑で逮捕され、記者に対する暴行容疑についても取り調べを受けています。

 実は私は1996年、地元の成人式で新成人代表の挨拶をさせていただきました。このときも式の最初から最後まで私語が絶えず、ステージで一生懸命挨拶をされている来賓の方や司会の市職員が気の毒でなりませんでした。というわけで今回の事件は、いろんな意味で考えることが多かったです。

 まず、被害に遭った高松市長がクラッカーの5人を告訴した結果、逮捕に至ったわけですが、私としては残念ながら告訴はやむを得ない面が多かったと思います。その行為だけを取ってみますと、単に目の前でクラッカーを鳴らして残りかすを投げつけただけですから、こんなことで逮捕するのでは過剰制裁だという意見もあるかもしれません。しかし、これをこのまま黙認してしまうと来年以降ますますひどくなっていくことは簡単に想像がつくでしょう。ついには傷害や殺人が各地で横行し、取り返しのつかない事態が発生する可能性が極めて高いと思います。その意味では後々に与える社会的な影響のほうが大きく、もはやマナーの問題では済まされないと思います。今回逮捕者が出たことで歯止めがかかり、来年以降このようなトラブルがなくなることを望みます。行為の程度は”子供以下”であっても年齢がくれば容赦なく逮捕されて全国ニュースで名前が公開されるということ、未成年のように将来を考えた配慮はしてもらえないことを私自身も改めて思った次第です。本当に軽率かつ愚かな行為で逮捕された5人は、おそらく不起訴処分になるだろうという見方が多いようですが、それでも社会的な制裁は覚悟しなければならないでしょう。

2001年は高松市以外にも、
・車で強引に会場に乗り入れて門扉を壊す
・新成人代表の挨拶で、新成人めがけてエアガンを撃つ
・高知県橋本知事に”出て行け!”と怒鳴られる
などなど、あまりに”全国展開”されたので、NHKニュースで”成人式騒動マップ”なるものが作成され、地図上に酒や携帯電話、クラッカーにおもちゃのピストル、壊れた門扉などが並ぶという有様でした。

荒れた成人式を受けて、存続の是非も含めた成人式そのもののあり方が問われています。今回の事件があった高松市のホームページを読むと、市長は「主催者として,この式典を滞りなく終えることを最優先しなければならない立場」だったとそのときの状況について説明しています。しかし私は、そういった主催者側の意識の持ち方によって年々新成人の気持ちが離れていったと考えざるを得ません。いくら会場内が騒がしかったとしても時間が来たからと言って粛々と始めてしまう、そのような言わば”非常事態”が例年続いて慣習化していたことは大変おかしいのです。街頭でインタビューを受けた若者は「大人が”祝ってやってるんだ”という態度に腹が立つ」「偉いさんが出てきてつまらないことを話すのは要らない」と述べていますが、そのような成人式の実態に不満を持っているのだと思います。「新成人が主役である」「新成人が心から参加していける」成人式を主催者はもっと模索するべきなのです。

 しかしです! だからと言って、つまらないからと言って、あのような下劣な行為で反発するのは愚か者と連呼するしかありません。つまらないこと、気に入らないことを我慢するのは社会で生きていくうえで不可欠なことであり、あのような感情に任せてやりたい放題というのでは、大人としてというより人間として最悪です。私はこのような人間が社会にはびこることを考えるだけでゾッとします。「今の成人式のあり方に抗議しているのではないか」という意見も出ているようですが、私はそうは思いません。”このような成人式のほうがいい”という建設的な意見を全く持たずして、単に「つまらない話が嫌だ!」とだだをこねて目立ちたいだけなのです。言い換えれば無責任なのに非協力で自分勝手なだけです。成人式のやり方が気に入らなければ会場に来る必要もないし、自分たちのやりたい成人式があるのなら自ら企画するなり行政に働きかけるなりしていくべきです。会場に来たのならば、気に入らない挨拶でも我慢しなければならないのです。それが社会としての最低限のルールです。

 「新成人を祝うとともに、成人としての自覚を新たにする」はずの成人式が「同級生と再会してドンチャン騒ぎする」だけの意識しか持たない若者によってメチャメチャにされているというのが現状だと思います。昔の成人式はもっと厳かで静かだったと聞きます。いつの間に変わってしまったんでしょうか。なぜ変わってしまったんでしょうか。若者の”レベル”が落ちた、つまり全体的にアホになっただけなのでしょうか。それだけで片付けてよいのでしょうか。そういった背景を次回もう少し考えてみようと思います。

テーマ:思ったこと・感じたこと - ジャンル:日記

過去記事:今置かれている環境の中で最善を尽くす
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今回は、2006年8月13日付で他サイトにて掲載した記事をこちらに移転して再掲いたします。
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和歌山県紀の川市の小学校で、通知表の評価を巡ってトラブルがあったとのニュース記事を読んだ。2年生のあるクラスに配った通知表の評価に対し、一部の保護者から「厳しすぎる」と苦情があり、担任教諭が別のクラスの評価と調整して評価し直した通知表を再配布したところ、今度は別の保護者から「子供に説明できない」などと受け取りを拒否されたと言う。

私学受験が当たり前になっている昨今、通知表の評価に神経を尖らせる親が増えていると言うことだろうか。はっきり言ってこの類の理不尽なことは今に始まったことではなく、私の小中学校時代には”日常当たり前の光景”であった。同じくらいの点数なのに担任の先生が変わっていくと、小学3年でガクッと成績が下がり、4年生では「よくできる」が倍増した。中学校のときはもっとひどく、音楽の期末テストで学年トップから3%以内に入り、実技でも完璧に演奏したのに”男子”というだけで10段階評価で7より上には行かなかった(相対評価にもかかわらず)。

まあ、音楽の先生の差別的な仕打ちは論外として、「よくできる」を多めにつけて”褒めて育てる”タイプの先生、真ん中の「できる」を多めにしてよほど優れていない限り「よくできる」にしてくれないやや辛口の先生がいるのは、通知表が絶対評価である以上避けられない。私はむしろ、こうした個性ある評価のつけ方を通して、児童に動機付けをすることが大事だと思っている。つまり、辛口なら辛口で、「あなたなら○○点を目指して欲しい」ときちんとしたメッセージを伴うものならば、納得も得られよう。

それが、クレームの一つや二つでいとも簡単に評価が変わってしまうということは、その先生が、「あまり深く考えずに根拠もなくええ加減な評価をした」と自ら認めたことと同じではないか。私はそちらの方が残念だ。

世の中には毅然として抗議しなければいけない場合と、置かれた状況の中で最善を尽くすことが必要な場合がある。野球だって、ストライク判定が厳しい審判と甘い審判がいて、バッテリーはそれに合わせて配球をチューニングすると聞く。社会の中でも波長の合う人と合わない人がいて、折り合いをつけていかねばならない。いちいちイチャモンをつけていたらキリがない。

今回のケースだと、同じクラス内で”えこ贔屓”があったなら大問題だろうが、クラス全体がやや厳しい評価で統一されているならば、それは担任の裁量の範囲内ではなかろうか。あれこれ文句つけるより、今置かれている環境の中で次にどう活かすか考えた方がよい。

テーマ:小学校 - ジャンル:学校・教育

過去記事:サッカーは反則も戦術のうち!?
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今回は、2006年7月に他サイトで公開した記事をこちらに移転して再掲載します。
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サッカーW杯が幕を閉じました。フランスのジダン選手の頭突き退場と言うやや後味の悪い結末となってしまいました。暴言を吐いたとされるマテラッツィ選手にも非はありますが、だからといって「暴力も仕方ない、やむを得ない、理解できる」という論調になるべきではないと思います。引退を控えた有名選手の暴挙だけに、よほどの理由があってのことと思いたい人も多いでしょうが、どんな理由であれどんなに偉大な選手であれ、暴力に訴えるのは幼稚で人間として愚かなことです。暴言があったとしても、その悔しさをプレーの中で晴らして欲しかったと思います。それでこそ一流選手であります。

W杯で見たいのは、選手として、チームとしての世界級の技であります。しかし、今大会は今まで以上にイエローカードや退場者が相次ぎました。サッカーでは相手選手とのボールの奪い合いで身体の接触が避けられず、反則ありきのスポーツになっています。いや、むしろ反則も戦術のうちなのかもしれません。

そのことで思い出すのが13年前のドーハの悲劇です。1993年に行われたW杯予選の最終戦、日本がイランに勝てば、日本は本選に出場できたはずでした。しかし、1点リードしていたのに最後の最後、ロスタイムに同点ゴールを決められ、痛恨のドローとなってしまったのです。
過去記事:コンプライアンスは重要!
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今回は、2006年6月上旬に他サイトで掲載しました記事をこちらに移転して再掲いたします。
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「コンプライアンス」という言葉が頻繁に使われ始めたのは5~6年ほど前からだろうか…。確か雪印による食中毒や牛肉産地偽装が問題になった頃からだと思う。日頃の「法令順守」はもちろんのこと、危機管理体制の確立や意識の醸成を通し、最終的に企業としての価値を高めるのが狙いである。逆にコンプライアンスができていない企業は、1つの不祥事で会社のイメージが損なわれ倒産する恐れもある。ゆえに、昨今は大企業のみならず中小企業も非常に重要視している課題である。

ところが、今年になって呆れて開いた口がふさがらないコンプライアンス体制の企業が2つ現れた。1つは、そう、あの東横イン。西田社長の開き直った態度の記者会見に驚愕した人も多いだろう。コンプライアンスをナメた者はコンプライアンスで痛い目に遭うのである。結局、泣きながら目を伏して、普通に謝罪するよりさらに惨めな会見をやり直す羽目になった。

そして、もう一つが先日エレベータ事故を起こしたシンドラー社。「捜査の支障になる」などと一切の謝罪すらしていない。また住民向け説明会への参加も拒否し続けている。もとは海外の会社とは言え、お粗末にも程がある対応だ。そして、他に同型の機種がないかを聞いてきた警察に対し、個人情報保護を楯に一時拒否していた。これも、昨年のJR福知山線の脱線事故の死傷者情報の公開を当初拒否し、対応が問題になったJR西日本と全く同じ失敗をしている。

さらにひどいのがプレスリリースの内容だ。「コメントを控える」はまだしも、その後の文言はいったい何だろうか。「事実が公表された時点で、シンドラーの名前が大きく報じられることはなくなると確信しています。」「エレベーターでは世界第2位の現地法人であるシンドラーエレベータ株式会社は、我々の製品及び保守が高い安全基準を満たしていると自負しています。」だって。こんなことを書ける無神経な会社に、人を運ぶ機械を作る資格などない。

シンドラー社は世界シェア2位だが、日本では1%程と聞く。仮に日本市場から撤退しても影響は軽微と見ているのだろうか。それは甘いだろう。同じような不具合がワールドワイドで起きても何ら不思議ではないだろうし、これがもしアメリカで起きたなら恐ろしいほどの賠償額を支払うことになりかねない。不祥事があったときの最初の対応が大事なのは雪印が証明しているだろう。会社の存続のためには一刻の猶予もないのではないか。

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過去記事:マスコミのレベル
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2006年2月に他サイトで掲載しました記事を、加筆修正してこちらに移動します。
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今まで私の運営してきたブログやWebサイトで、マスコミ報道について何度も批判してきました。特に、2005年のJR尼崎脱線事故の報道には、かなり辛辣な言葉を羅列することもありました。
しかし、私はマスコミの全てを否定しているわけではありません。社会にはマスコミが必要ですし、実際にマスコミが社会に貢献している面も多いのです。そして、人が嫌がることでも正面から向き合い、社会を良い方向へ持っていくべく正していく。そのために多少の猥雑さも必要でしょう。
大阪市のカラ残業の問題なんかは、まさにマスコミの力であぶりだされた問題ですし、マスコミの報道のおかげで事件の犯人逮捕に至ったケースも多々あります。

しかし、先日のライブドアの堀江社長の逮捕の日の報道を振り返ってみましょう。私は逮捕のニュースを知ったとき、これはニュース番組で大騒ぎするだろうなと思っていました。けれど、ニュースだけに飽き足らず、通常番組までわざわざぶっつぶして特番に変更し、パトカーで護送される堀江容疑者をヘリコプターで延々と追い回し、拘置所前で今か今かとギャーギャー騒ぐ。これがマスコミの仕事かと思うと情けない。こんなことやってるからレベルが低いと言われるんですよ。

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過去記事:塾講師の殺人事件、塾は悪かったのか?
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今回は、2005年12月13日~15日に他サイトに掲載しました内容を一部加筆修正して、再掲載いたします。

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<1>バイトだから事件がおきたのか??
塾講師が生徒を殺害する。
子供が狙われる事件が多発する中で、また悲惨な出来事です。

私も8年前まで大学生のアルバイトで中学受験の塾講師をしていたことから、今回の事件には非常に関心があります。

事件の背景がいろいろ指摘されており、それを見逃した塾側の責任が厳しく問われているようですが、正直言ってそれは余りにも酷です。あえて落ち度があったと言えば、正社員の先生が出勤しない日があってその日に事件が起こったこと。これは危機管理面においては確かに問題です。

しかし、先生と特定の生徒との相性が悪いとか、先生の評判は二分されているとかは、どんなに素晴らしいと言われる先生であっても多かれ少なかれ抱える問題です。小学6年の女の子、思春期の難しい年頃です。一度関係がこじれたら修復は非常に難しいです。
事件前に国語の授業を受けなくなるなど、様々な”サイン”は確かに出ていました。でも、そこから殺人事件に発展することを予見しろと言うのは無茶な話。先生と生徒の関係の問題から直ちに殺人事件に結びつくにはあまりにも大きな乖離があります。

殺人事件に至った結果があるなら原因もあるのは当然ですが、慎重に究明していただきたいです。
「先生と塾生を2人きりにしなければ良い」「塾講師のアルバイトを減らして正社員にすべきだ」…これらは確かに事件の背景ではありますが、これさえ対策すれば万全と言うわけではないと認識しておかなければなりません。2人きりにしなくても、大勢の生徒の前でナイフを振り回す先生だっているかもしれないし、正社員の先生なら犯罪を起こさない根拠はどこにもありません。
不安を解消するためによりどころを求めたい気持ちは重々承知ですが、浅い議論で決め付けて短絡的に結論を出し、的外れなアクションにつながらないようにしたいものです。

過去記事:センター試験トラブル
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2005年1月22日付で書きました記事をこちらに再掲載いたします。
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今年の大学入試センター試験で、試験時間のミスなどトラブルが相次いでいるようですね。中でも国語Ⅰの、教科書の文章がそのまま出題されてしまったのは大失態でした。問題作成にはおそらくたくさんの有識者が携わっているでしょうに、「模試に出したら恥ずかしい」と予備校講師に言われるなんて、いったい何をしていたのでしょう…。
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