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Part23 負けを認めることから次のステージは始まる
カメラ事業の撤退を発表した1月19日、コニカミノルタの岩居社長(当時)は撤退原因について次のようにコメントしています。

「(デジカメは)変化が激しかった。技術の流れ、市場の流れ、顧客からの要望の流れが非常に早い世界で、それになかなかついていけない。これ以上深追いしたくなかった。」

多くの人が引っ掛かったであろう、最後の「深追いしたくなかった」の意味するところとは…。つまり、カメラ事業はずっと”お荷物”と考えていて、実はやめたくて仕方がなかったと言うことではないでしょうか。さらに、「B2Bビジネスに集中できる」という言葉からは、コニカとミノルタが経営統合した最大の理由は、カメラ事業をやめても会社として生き残れるようにするためだったとも受け取れます。

仮にそれがコニカミノルタとしての実力だったならばそれはそれで仕方ないと思います。しかし、一番問題なのは、看板事業でもあったカメラ事業から撤退することに対する経営責任や事業戦略のミスについて一切認めていないことだと考えます。

カメラ事業は一企業のビジネスの一つと言ってしまえばそれまでですが、同社が果たしてきた役割は、世界中の人から愛されるカメラを世に送り出しただけでなく、写真と言う一つの芸術を育ててきたことにも及んでいることをもっと自覚すべきです。そう考えるなら、撤退にあたり、一言謝罪の言葉も出るはずではないでしょうか。

同社がカメラ事業を撤退することは、いくらソニーに引き継ぐとは言っても、多くのカメラ愛好家を失望させ、販売店に迷惑をかけ、長年築き上げてきたものをぶち壊しにしてしまうわけです。コンシューマ事業はそれくらい企業イメージに与える影響は大きく、まさに不祥事と同レベルに捉えてもおかしくない話だと思います。

コニカミノルタが再出発するにあたり、まずしなければならないことは、世間からどう見ても”負け”であることは素直に”負け”と認めること。何がいけなかったのか、何をすればよかったのか、この失敗の責任をどう取るのか、この失敗の経験をどのように活かすのか。企業が、そして人間が生きていくうえでも必要な、過ちから逃げずに真摯に向き合うという当たり前のことをしてこそ、次のステージは始まると考えます。

まだまだ申し上げたいことはたくさんありますが、このあたりで本シリーズをひとまず幕といたします。ありがとうございました。
(終わり)
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Part22 コニカミノルタのカメラ事業撤退の要因とは?(2)
コニカミノルタのプレスリリースでは、カメラ事業の状況について次のように説明しています。

「昨今のデジタルカメラにおいては、CCD等のイメージセンサー技術が中心となり、光学技術、メカトロ技術など当社の強みだけでは、競争力のある強い商品をタイムリーに提供することが困難な状況になってまいりました。」

同社では、CCDシフト方式の手ブレ補正を搭載したデジタル一眼レフや、レンズユニットごとを動かす手ブレ方式のDiMAGE X1をリリースして、同社独自の強みをアピールしてきました。デジタル一眼レフでは10%近いシェアを取るところまで食い込めましたが、これはコニカミノルタとしては期待を下回るものだったのではないでしょうか。また、DiMAGE X1についても、当初は画期的な技術として爆発的なヒットを狙っていたはずで当初月産9万台という数字に表れています。しかし、動作の鈍さやノイズが多い画質は明らかに見劣りするレベルで市場からスルーされてしまい、収益改善には程遠い結果となってしまいました。

一方、他社は、コニカミノルタが一矢を放っている間に二の矢、三の矢で攻勢をかけてきており、そのスピードにもついていけない状況です。今後、同社が限られた経営資源の中で必死にすがりついたとしても、他社を追い抜くことは困難と判断したのではないでしょうか。

もう一点はブランド力の低下。まず皆さんに考えていただきたいのですが、全く同じスペックで同じデザインのカメラで、キヤノン製、オリンパス製、コニカミノルタ製があったとして、どれを買いますか。明らかにコニカミノルタのファンでない限り、キヤノンやオリンパスを選ぶ人が多いのではないでしょうか。それはお客さんが持つブランドイメージであったり、販売店での店員の勧め方両方に関わると思いますが、特に初めてカメラを購入する初心者の方にこうした傾向が見られると思います。また、コニカミノルタのファンは、α-7000からのユーザ層が多く、比較的年配の方が多いのではないかなあ。これでは将来は先細りの一途をたどるだけです。あくまで推測の範囲ですが。

つまり、他社と同スペックではコニカミノルタ製のカメラは勝ち目がないのです。じゃあ、他者に勝る性能・機能を搭載したカメラを開発できる力が残っているかと言えば、上記から考えて、もはやその道筋を立てることは厳しいわけです。

フィルム事業を終了させて規模を縮小してデジタル一眼レフだけでも残せば、しばらくは収益が改善し黒字化が可能とは思います。個人的には、ソニーとの提携もあることですし、この協業の結果如何で撤退について最終判断しても良かったのではないかと思いますが、5年後、10年後を考えますと、デジタル一眼レフでも競争激化で価格が下落し、トップに迫るシェアを取らない限り、ますます厳しい戦いを強いられることは容易に想像はつきます。

結局、「コニカミノルタはカメラの会社」という、弱くなったとは言え根強いブランドイメージの維持のためだけに続けるよりも、カメラ事業を続けることは経営リスクを背負うことのデメリットの方が大きいと判断したのではないでしょうか。これが、コニカミノルタ側に立った場合の、撤退理由の本音ではないかと考えます。

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Part21 コニカミノルタのカメラ事業撤退の要因とは?(1)
BCNランキング売れ筋速報で、次のような分析がなされています。
http://bcnranking.jp/flash/09-00005995.html

ポイントを書きますと、
・レンズ一体型のシェアは年間通してペンタックスとの8位争いに終始。
・コンパクトタイプは29位でようやくDiMAGE X60が登場、激しい競争の中で蚊帳の外に弾き飛ばされてしまった。
・デジタル一眼レフではαSweetDIGITALがかなり「効いて」おり、今後の展開も期待されたが、これだけでデジカメ事業全体を支えるのは難しいのだろう。
と言った内容です。

概ね的を射ている分析ではないかと思います。機種別の販売台数シェアは、カラーバリエーションがある場合に色違いは別機種として扱われるために実態が分かりにくいと言うツッコミがあるかもしれませんが、それは他社も条件は同じ。ちなみにDiMAGE X60が29位に入る一方で、最新機種DiMAGE X1は姿さえ見せていないのは謎です。それほどまでにX1の評判が芳しくなかったのでしょうか…。

デジタル一眼レフでは、そりゃα-7000の頃の勢いには遠く及ばないものの、αSweetDIGITALとα-7 DIGITALだけで10%取っているわけですから、存在感を十分示せているとは思います。ペンタックスはエントリー機のマイナーチェンジ機を多数出しているのに、コニカミノルタはたった2機種で同率以上の勝負ができています。むしろ、これからソニーとの提携でますます攻勢を掛けられる体制だったようにも思えます。

記事の通りコンパクトでは蚊帳の外だったかもしれません。しかし、まだ十分戦えるはずのデジタル一眼レフまで止めるに至ったのはなぜでしょうか。同社の撤退の決断は、売り上げの現状だけでなく、潜在的なイメージ(ブランド力)やもっと将来の状況を見据えたときに、見込みがないと考えたのではないかと私は推測します。それを次回、もう少し掘り下げてみたいと思います。

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Part20 あまりに突然の撤退発表
2005年11月のプレスリリースで、なし崩し的に大幅縮小する発表がされ、今後のビジョンについてユーザに何らメッセージがなかったのを受けて、私は、きっと経営陣はカメラ事業をやめたくてやめたくて仕方がないのではないかと勘繰っていました。大幅縮小発表後の株価は、一時的には売り叩かれましたがすぐに発表以前の水準を取り戻し、むしろ上昇気流に乗っていました。つまり、投資家は大幅縮小を概ね評価したことになります。

とは言え、コニカミノルタの名前から多くの人が連想するのは今でもカメラであり、フィルムであることに変わりません。同社のブランドイメージを担う事業を、多少の赤字が出たとしてそう簡単に終わらせるわけにはいかないだろうと思いました。多くのユーザやファンも、「コニカミノルタが一時的な事業縮小をしても、いつか必ずや復活してくれるのではないか」と、気長に待っていたことでしょう。ネット上では「α-9 DIGITAL」と目される上位機や、α-7 DIGITAL後継機と見られる新製品の噂が飛び交うなど、確かにコンパクトはやめるかもしれないけれど、デジタル一眼レフはソニーとの提携の中で、細くとももう少し頑張ってくれる期待があったことでしょう。

しかし、「その時」はあまりにも突然訪れました。2006年1月19日夕方、同社はカメラ事業・フォト事業を終了すると発表しました。プレスリリースでは、これまでの同社の功績を自賛して感慨にふけりつつ、最後には「ご愛顧・ご支援を賜りましたこと、心より御礼申し上げます」と形を作り、すかさず、「今後はビジネスユース向けの事業へ集中し、企業価値の更なる拡大を図る」とユーザに尻を向けて株主にアピールしています。(かなりひねくれた見方ですが…)

ユーザとして、これをどう受け取ったでしょうか。まず私が最初に感じたことは、「御礼申し上げます」と粛々とかわすのではなく、「楽しみにしてくださったユーザの方々、販売店の皆様方、期待にこたえられず誠に申し訳ありません」ではないのかと。この日はガーンと頭を打たれた気分でした。

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Part19 デジカメ事業で苦戦する原因の記事
「コニカミノルタがデジカメ事業で苦戦する原因」と題して、大幅縮小が発表された2005年11月に日経NETが分析を行っています。
http://it.nikkei.co.jp/pc/news/digitalcamera.aspx?n=MMITda152007112005

これを読むと、大きくは次の要因が挙げられています。

1.普及型デジタル一眼レフ「αSweet DIGITAL」よりも先に中堅クラスの「α-7 DIGITAL」を投入。普及型を待っていたユーザはその間に他社に乗り換えた。
2.強みとなる手ブレ補正をコンパクト機に展開するのが遅れ、主力コンパクト市場での存在感を薄めてしまった。

この分析記事は同社のアクセスランキングでも上位にランクし、撤退のニュースのときにもよく読まれました。しかし、私としては、この記事は内容が完全に的を外しているわけではないものの、やや表面的な考察に終始しているかなと不満に思います。

まず1.の内容ですが、中堅機と普及機のリリースの順番が逆だったと言うよりも、そもそもデジタル一眼レフへの再参入を発表したのが2004年2月と大きく遅れをとり、さらにその後のビジョンをはっきり示さなかったことで、多くのユーザに愛想をつかされたのではないでしょうか。DiMAGE 7シリーズやAシリーズにこだわり、デジタル一眼レフの市場規模を見誤った戦略ミスに他なりません。

次に2.の指摘。これはカメラ業界に詳しい人が書いているのかと首をひねるほどの、あまりにも表面的な考察です。DiMAGE A1で投入したCCDシフト方式手ブレ補正を薄型より先にDiMAGE Zシリーズへ展開した点については間違っていなかったと思います。実際に、高倍率機においてはオリンパスの独壇場だった市場を松下とともに奪うことに成功したわけですから。

だいたいからして薄型コンパクト機に手ブレ補正を入れるのが遅れたのは苦戦の原因としてはおかしいでしょう。なら、キヤノンはどうなの?キヤノンのコンパクト機ではつい最近まで手ブレ補正も入ってなかったし、液晶の大きさも他社にずいぶんと遅れていたのが実情です。なのにトップシェアを確保できていたのは、他にポイントがあるからではないでしょうか。

私は、薄型コンパクト機として、DiMAGE Xで成功を収めながら、もっと薄くすることや、付加価値を高めることに努力することなく、統合の中で安易に価格を下げただけの魅力の薄い後継機種を乱発し、自ら首を絞めたのではないかと考えます。そんな遠回りをしている余裕はなかったはずだし、コスト競争力が弱いことも分かっていながら、なぜこのような不利な戦いを仕掛けたのか、不思議でなりません。具体的に言いますと、DiMAGE XgとDiMAGE X21の大失敗が最後まで取り返しのつかないことになってしまったと思います。

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Part18 ユーザに背を向けた大幅縮小発表
2005年11月4日のプレスリリースで、コニカミノルタはフォトイメージング事業の大幅縮小を発表しました。同社は3月の時点で今後3年間での4割減計画を発表したばかりであり、それを「前倒しで実施」して、「生産だけではなく開発や販売体制の大幅な縮小」を決断したと言うのです。

事業環境悪化の背景や原因はいろいろあるとして、αユーザが気になるのは「いったい何が残るのか」であります。この点に関して、プレスリリースでは一切のコメントがありません。リリースの文言から見えてくるのは、特別損失を一気に計上し、経営資源を他事業に振り向けること。何を残すか明確にしない限り、事実上撤退宣言と受け取られても仕方ないでしょう。

朝日新聞が同日夕方、喜び勇んで(?)「コニカミノルタ、写真事業から撤退」と題して大きく取り上げました。すぐに「大幅縮小」と訂正しましたが、ユーザやファンの間で”誤報”としてこの記事に批判が集まりました。確かに、憶測だけの内容を大げさに取り上げるのは報道機関としていかがなものかとは思います。しかしですよ、こう書かれても仕方ないくらい、カメラ事業に対して”やる気のない発言”だったのではないでしょうか。

民間企業である以上、事業をするからには利益を出さねばならないし、それが難しい事業は縮小・撤退の道を選ばなければならないこともあるでしょう。ましてやコニカミノルタとして統合し、フォトイメージングと言う事業会社で独立している以上、その中で経営が成り立たなければならず、事業縮小には一定の理解をします。

しかし、今回の発表は、目線が全て株主に向いているだけなのが非常に問題です。ユーザにはソニーとの協業、新交換レンズの発表で期待させるだけさせておきながら、尻を向けてオナラをかましたくらいの”裏切り行為”だと思います。

長年αレンズとカメラを愛し、何十万円、ひょっとしたら100万円を超える投資をしたユーザも少なくないでしょう。説明責任は株主に対してだけでなく、こうした顧客に対してもあるべきでしょう。それくらい重要な内容ではないでしょうか。

細々とでも続ける気があるのなら、「デジタル一眼レフだけは続けます」と力強く言って欲しかった…。その説明すらないために、αマウントの将来が急に怪しくなり、ネット上では「もはや、コニカミノルタのデジタル一眼レフを買うのはリスクを省みない”物好き”だけ」と言った皮肉さえ飛び出しました。なぜあのとき「デジタル一眼レフだけは続けます」と言えなかったのか。その理由は2ヵ月半後に明らかになったのでした。

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Part17 DiMAGE X1の割り切り?項目
一見するととっても魅力的なDiMAGE X1。レンズユニットを動かす手ブレ補正は画期的で、コニカミノルタとしてもXシリーズにエース番号の1をつけた自信作であります。それなのに、それなーのに、期待したほど売れなかったのはなぜでしょう?
私の持っているX1の感想から、考察してみましょう。

1.画質に難がある。
1/1.8インチ800万画素のCCDを使っています。競合他社の主流は1/2.5インチの500~600万画素であり、1/1.8インチ800万画素を採用している機種は少ないです。他社よりワンランク上のCCDを使いながら薄型に仕上げたX1がなぜ負けたのか。
私はX1を使ってみて、屋外で撮影すると確かに800万画素の威力を感じることができるのですが、屋内だと途端にノイジーになります。よくよくスペックを見ると、ISO感度が200まで、しかもオートでは160までしか上がりません。従来機種ではISO感度400まで設定可能だったのに、わざわざ200を上限にしたのは、400の絵が見せられないほどひどかったと言うことでしょう。ISO感度200の画質でさえ、他社の400並みと言われています。富士フィルムがISO1600まで設定可能な機種を出していることを考えますと、手ブレ補正があるとは言え、大きなマイナスポイントです。
また、ノイズでよっぽど自信がないのか、シャッター速度が遅くなると有無を言わさずノイズリダクション処理が始まります。これで撮影間隔が延び、結構なストレスとなります。従来機種ではノイズリダクションをOFFする設定があったので、これもノイズリダクションなしの絵は見せられないほど醜いと推察されます。
まとめると、ノイズが多いために様々な制約をつけることを余儀なくされ、せっかくワンランク上のCCDを使っているのがスポイルされてしまっているということでしょう。

2.肝心の手ブレ補正は?
手ブレ補正は額面どおり動きます。「手ぶれ補正1」「手ぶれ補正2」があって、「手ぶれ補正1」だと、シャッターを半押ししてから手ブレ補正が働き続けます。レンズユニットごと動かすので、振動が結構伝わってきて電池が消耗するだろうなーと、落ち着かないです。ですので、私は「手ぶれ補正2」に設定しています。
問題は2点。まずタイムラグが大きめであること。動いている被写体だとシャッターが切れたときには画角から外れているなど失敗率が高くなります。従来のDiMAGE XtとかXgの方がむしろサクサク撮れます。
次に、電池の消耗が早く(公称150枚)、しかも電池マークが出たら手ブレ補正が効かなくなるのです。これでは1日のお出かけが電池1個でもちません。他社製品が300枚とか400枚を売りにしていることを考えると、150枚は寂しい限りです。

3.遅い動作
DiMAGE X1の連写性能は、通常の連写モードだと0.5コマ/秒です。これはつまり2秒に1度しかシャッターが切れないという意味です。手ブレ補正動作が大きく影響しているかもしれませんが、それでは普通に2秒間隔で撮影しているのとあまり変わりません。
他にUHS連写もありますが、画像サイズがVGAに固定されてしまいます。
また、それ以外でも、ファームウェアのアップデートである程度改善できるとは言え、動作は軽快とは言いがたいです。起動は速いんですよ、起動だけは。でもAFとか、撮影画像を確認するときの拡大時とか、結構待たされます。終了処理も時間がかかるときがあってロゴマーク表示でお茶を濁しています。

4.動画も割り切り?
動画はDiMAGE Xシリーズで初めてVGAをサポート。しかし、20コマ/秒とはいささか中途半端ではないでしょうか。「動画は主目的で使わないからいいじゃないか」という意見もあるかもしれませんが、他社はVGA30コマ/秒は当たり前でさらにMPEG-4をサポートする機種も出ている中では、やはり見劣りしてしまうと思います。
ただし、表立って宣伝していませんが、実は撮影中の光学ズームとAFができる点はメリットです。しかもON/OFF切り替え可能。ただ、光学ズームするとズーム音が盛大に録音されます。だから声高にアピールできなかったんだろうな…。

5.高級感溢れる外装
私が持っている色はブラッククロームですが、鏡面仕上げが施されて高級感溢れています。横に置いたDiMAGE Xgがおもちゃに見えるほどです。デザインで損ばかりしてきたDiMAGEシリーズですが、X1についてはこの機種にかける意気込みが感じられるほど頑張っていると思います。
ただ、それ故、汚れた手で触ろうものなら指紋がベタッとついて見苦しくなります。おのずと、カメラの手入れを促されるのでまあ良いのですが。

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Part16 ソニーとの提携は撤退の伏線だった
コニカミノルタファンが酔ったαSweet DIGITALとDiMAGE X1が発表された日、実はもう一つ開発発表された製品があります。αシステム用新交換レンズ『コニカミノルタ AF 35mm F1.4G (D)』(仮称)です。価格は未定で2006年春発売予定となっています。

プレスリリースでは、「今後も大口径で優れた描写力をもつGレンズやSTFレンズ等、コニカミノルタならではの特徴あるレンズを開発するとともに、デジタル一眼レフカメラ、35mmフィルム一眼レフカメラ対応も考慮した新しいレンズを開発することによりラインアップを拡充していきます。」としています。今まで同社は、交換レンズのロードマップなどを明確に示してきたわけではなく、今回の発表はユーザとしては大きな期待を抱かせるものでありました。

そして、4日後の2005年7月19日にはソニーとデジタル一眼レフを共同開発すると発表しました。コニカミノルタが持つメカトロ技術やαレンズ資産と、ソニーが持つCCDやCMOSセンサー、画像処理技術などのデジタル系デバイスを融合させ、商品力の向上を図ろうとするものです。ソニーにはブランド力や販売力にも秀でたものがあり、αマウントシステムのさらなる発展が期待できる内容でした。

一方で、コニカミノルタがカメラをやめるのではないかと撤退説がささやかれる中、ソニーとの提携は、将来的なカメラ事業の譲渡の準備ではないかとも言われました。それが今、まさしく現実になったわけですが、それにしてもこれほど早く、同社のカメラ事業が尻切れトンボも甚だしい状態で終わってしまうとは…。

また、デジカメWatchでは、同社の銀塩カメラ最上位機種α-9に相当する機種についても「要素技術を仕組んでいる最中」と、開発計画があることを明らかにしています。
http://dc.watch.impress.co.jp/cda/dslr/2005/07/15/1939.html

最初に述べたα新交換レンズ『コニカミノルタ AF 35mm F1.4G (D)』(仮称)、そして上位機種「α-9 DIGITAL」(予想)も、コニカミノルタのカメラ事業からの撤退で幻となってしまうんでしょうか。それともソニーブランドでリリースされていくのか、コニカミノルタ・ソニーとも未だ公式コメントとして発表していません(問い合わせたユーザには個別回答しているかもしれませんが)。技術者の移籍や引継ぎなどでバタバタしている事情も理解できないわけではないですが、私としてはノーコメントとは企業姿勢としていかがなものかと思います。特に、αシステム用新交換レンズは開発発表を正式にしているだけに、何の説明もなく闇に消えることだけはしていただきたくないと強く希望します。

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Part15 コニカミノルタファンが酔った日
2005年7月15日、コニカミノルタのプレスリリースにユーザは酔いしれました。デジタル一眼レフのエントリー機「αSweet DIGITAL」と、薄型Xシリーズの新基軸となる「DiMAGE X1」の発表です。

αSweet DIGITALは、α-7 DIGITALのCCDシフト方式手ブレ補整やAFセンサをそのままに、体積を22%小型化することに成功しました。液晶も2.5型を搭載しています。CCDが600万画素を維持しているのは賛否が分かれるところですが、全体としてはポイントを押さえて手堅くヒットを狙った機種となっています。

一方DiMAGE X1は、レンズユニットごと傾ける新方式の手ブレ補整を導入した画期的な機種です。ワイド端で1/6秒まで手ブレを抑えた撮影が可能です。1/1.8インチ800万画素と、ライバル他社の主力機種よりワンランク上のCCDを使い、デザインも高級感溢れる作りとなっています。そして薄さを19.5mmにしたのもポイントが高く、コニカミノルタが本来やるべきだった高付加価値路線だと思います。

ネット上では新製品の情報について数日前からリークしている様子でしたが、それはほとんどがαSweet DIGITALのことであり、DiMAGE X1はノーマークでした。本音を言えば、私はコニカミノルタの薄型はもはや絶滅したと思っていました。とにかく、いずれも非常にインパクトのある機種で、それを2機種同時に発表したものですから、相乗効果で盛り上がったと思います。コニカミノルタファンとしては、今まで同社の”はがたらしさ”に散々イライラしていたわけで、一気に憂さを晴らしたような感覚です。また、他社メーカーのファンにとっても興奮した1日だったのではないかと思います。

発表会では「今回の製品はまさに今後の方向性を決めていく。2005年度の中核的機種だ。」というコメントがありました。それだけ社内でも期待が大きい機種だったと言うことでしょう。私はこれで市場の形勢が一気に動くのではないかと思いました。

ただ、「中核的機種」という表現に、なるほどそうだろうなという期待とともに、2005年度のリリース製品としてはほぼこれで最後と言う不安もありました。しかし、まさかまさか、この2機種が、コニカミノルタとしての最後のカメラになろうとは思ってもみませんでした。

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Part14 驚愕の4割減計画
2005年3月25日に発表されたコニカミノルタの投資家向け中期経営計画を見て驚きました。デジタルカメラを含むフォトイメージング事業が2008年までの4年間に売上高を4割減らすと言うのです。デジタルカメラは、「高付加価値製品への絞込みによる事業縮小を図る」とあります。「更なる止血策を徹底」という言葉からも、フォトイメージング事業で同社がいかに苦戦しているかが分かります。

待望のデジタル一眼レフ「α-7 DIGITAL」を投入したばかりの年度です。α-7 DIGITALがポイントとなる機種ならば、広告宣伝を含めてあらゆる販売拡大策を打ち出すはず、これから追いつけ追い越せの執念があっても良いはずと思いました。

それなのに、競合他社が拡大計画を打ち出すことが多い中で、この4割減計画が意味するものは何か、だいたい想像がついてしまいますね。言葉は悪いけど、「カメラについてもはや頑張るつもりはありません」と言ってるようなものじゃないでしょうか。足元を見られ、さらにユーザ離れが加速するのではないかと思いました。と言うより、自らそのように追い込んでいるようにも見えるほどでした。カメラを続けるつもりがあるのなら、4割減らして何を残すのか、「高付加価値製品」とは何ぞや、デジタル一眼レフなのか薄型コンパクトなのか、そのビジョンをもう少し具体的に示すべきであります。説明責任は株主に対してだけでなく、ユーザに対してもあるはずです。

また、これに先立って発表された業績予想修正の資料の中に、「現在のカメラ事業の財政状態や将来の回復可能性から、当期末において一括償却するのが適当であると判断し、特別損失として54 億円を処理する」とあります。これは言い換えれば「カメラは立ち直り不可能と考えている」と受け取れます。この辺りから、コニカミノルタがそろそろカメラ事業から撤退するのではないか、どこかに売却するのではないかなどと、ささやかれるようにもなりました。

さて、2005年度に入り、最初に発売されたのはDiMAGE X60です。X50で導入したスライドカバーをそのままに、同じ500万画素ながらX50より高さを低くし、光学2.8倍から3倍ズームに戻りました。私はX60の発表をプレスリリースで見たときは、「なんやまたX50と同じダサいデザインか」と思いましたが、店頭で見ると意外とコンパクトで、あのレンズカバーが心地良いのです。また、ネット上でも「解像感がある」などと好評でした。残念ながら他社のスタイリッシュなボディと比べると、店頭では相変わらずスルーされてしまうのですが、カメラの実力としては高く評価されました。

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Part13 DiMAGE A200とZ5
2004年度下半期にコニカミノルタから発売された機種を見ていきますと、α-7 DIGITALの他には、DiMAGE A200とDiMAGE Z5があります。

DiMAGE A200は従来機種DiMAGE A2の廉価版の位置づけで、800万画素を維持しながら15%の小型化を達成しました。EVFは固定で、EVFと液晶を自動切換えするアイセンサーも省略、EVF画素数もA1並みに戻ってしまいましたが、代わりに液晶は左右方向にも動かせるようになりました。また、4倍までのデジタルズームを使用できるようになる(従来は2倍固定)など、より初級者を意識した仕様となっています。この頃から、DiMAGE Aシリーズはレンズ一体型一眼レフよりもハイエンドコンパクトというカテゴリに分類されることが多くなってきました。

DiMAGE A2の後継機を待っていた人たちにとってはやや期待外れだったと思います。機種の位置づけも、いったいどのユーザ層を狙ったのかはっきりせずやや中途半端な気がします。しかし、デジタル一眼レフが売り上げを伸ばし、コニカミノルタからもα-7 DIGITALをリリースしている関係上、これとユーザ層は棲み分けたいところ。その意味では今までの資産を活かしていくなら廉価版にするのもやむを得ないとも思います。

一方、DiMAGE Z5ですが、Z3に比べてまず画素数が500万画素にアップし、液晶が2.0型と大型になりました。モードダイヤルと電源ボタンを独立配置し、直感的に操作しやすくなりました。スペックに表れている以外にも、外観は同じプラスチックながら見た目に高品位化が図られています。

ただ、惜しまれるのはZ3から退化した部分も少しあるということです。AF時間はテレ端で0.2秒から0.3秒に延び、連写も2.5コマ/秒から2.2コマ/秒に減ってしまいました。(AF時間はこれでも十分に速いという判断と思われますが…。)UHS連写のときは、10コマ/秒を維持したのは良かったのですが画像サイズが1280×960から1024×768ピクセルに減ってしまいました。これがユーザにどう受け止められたでしょうか…。

それにしても両機種ともに、シリーズ最後となってしまいました。この頃、フォトイメージング事業はα-7 DIGITALの華々しいデビューの一方で窮地に立たされており、赤字からの脱却が急務となっていました。そして、さらに思い切った施策へと進んでいきます。

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Part12 α-7 DIGITALついに登場!
2004年9月15日、デジタル一眼レフ「α-7 DIGITAL」が発表されました。αファンが待ちに待った、というか待たされ過ぎたデジタル一眼レフの登場です。

セールスポイントは全てのαシリーズのレンズが使え、CCDシフト方式の手ぶれ補正を内蔵しほぼ全てのαレンズで手ぶれ補正効果があることです。画期的なカメラと言えるでしょう。

製品の発表会では、”お披露目”を演出するために花嫁衣裳をモデルを起用する気合いの入れようで、「キヤノンの20Dを見ましたが、(ファインダーの部分は)正直勝たせていただいたと思いました」との大胆発言も。

ユーザのネット上での反応は拍手喝さいがある一方で、先のDiMAGE Z3のトラブルが尾を引き、「CCD手ブレ補正でZ3みたいに配線が切れるとかそんなことはないのかねぇ」、「買うとしても初期不良とお粗末な対応にあうんじゃたまらんので様子見ですな」、「今度Z3のようなトラブルがあったら、次こそ袋たたきにあうだろうな」と言った冷ややかな反応も多く見受けられました。

フォトイメージングの宮地社長からはデジタル一眼レフの「中上位機種においてシェア30%以上狙う」という強気の宣言もありました。しかし、11月の発売当初は待ちに待ったαユーザーが一斉に買ったものの、宣言とは裏腹に、画期的な手ぶれ補正とは言え裏を返せばメリットは手ぶれ補正だけという声も…、しばらくするとあれよあれよと言う間に売り上げを落とし、半年後にはシェア1~2%程度の低空飛行に落ち着くことになります。

コニカとミノルタが統合していなかったら、このα-7 DIGITALは登場しなかったとも言われています。その一方で、同社のデジカメ事業の計画は1年持たずしてズルズルと後ずさりしていきます。統合した意味は一体なんだったのか、ユーザに夢のあるビジョンが示せないまま2004年を終わろうとしていました。

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Part11 横縞にシステムエラー、凍るDiMAGE Z3
高倍率コンパクト市場への参入に成功していたコニカミノルタは、2004年8月、DiMAGE Z2の後継機DiMAGE Z3を発売します。光学ズームを10倍から12倍に強化し、DiMAGE Aシリーズで好評だったCCDシフト方式の手ぶれ補正を導入しました。

売りのジェットAFもさらに高速化し、ボディはカッコいいブラックを中心に展開。コニカミノルタがいよいよ本気を出してきたと思わせる意欲作であります。DiMAGE Z2を買っていた人は複雑な思いだったでしょう。ネット上での前評判も上々で、大ヒットを予感しました。

ところがところが…、意外にも大変な事態になってしまいました。

発売後、価格.comなどで続々と不具合が報告され、ものすごいブーイングになりました。
主な不具合は次の通り。
・画像に横縞が発生する。
・連写するとシステムエラーになったり、フリーズすることがある。
・内蔵時計がずれることがある。
ユーザの中には、販売店に初期不良を訴えて2回も新品交換してもらったにもかかわらず、ことごとく再発し、ついには返金してもらって他機種に乗り換えた人もいたそうです。

これらの不具合はレビュー記事などでも取り上げられました。
http://it.nikkei.co.jp/pc/column/dcreview.aspx?ichiran=True&i=20040913c5000dp&page=3

同社が公式に不具合を認め、症状を改善するファームウェアをリリースしたのは発売1ヶ月以上経ってからのこと。対応の遅さも批判されました。発売当初からあれだけネット上で騒がれていたわけですから、不具合があることだけでも認め、早々に回収し販売を見合わせる手段もあったのに、対策の目処が立つまでそのまま売り続けたことは結果的に顧客の信頼を大きく失うことになったのではないかと考えます。
また、これから購入しようと思っていた人が購入意欲を大きく削がれたのは間違いないでしょう。

せっかくの”本命”機種が発売早々、出鼻をくじかれたのは非常にダメージがありました。ユーザの間では、Zシリーズの将来や手ぶれ補正技術そのものにまで不信感が生まれ、後々に尾を引いてしまいました。
Part10 早くも横ばい計画へ
コニカミノルタが統合当初、No.1を目指すべく展開していたデジカメの4つのカテゴリのA、X、G、Zシリーズ。Aシリーズはキヤノンやニコンのデジタル一眼レフ入門機と価格帯が重なり、将来は悲観的なものしか見えてきません。Xシリーズは前回書きましたように”自滅”に近い形でブランド力が急速に低下してしまいました。Gシリーズはコニカの血を受け継ぐ高性能コンパクトですが、家電量販店ではまるで相手にされず。前途有望なのはZシリーズくらいでしょうか…。これが統合して半年後の状態です。

2004年3月、2006年までの3年間の中期経営計画が同社から発表され、フォト事業と合わせた売上高を2003年度の2900億円の水準のまま維持し、利益確保に向けて事業構造を改革する方針を打ち出しました。いわゆる「横ばい計画」と呼ばれるもので、拡大路線を修正してあえて売り上げを伸ばさずに高収益の機種に移行しようとしたものと考えられます。私はこの時点での修正はやむを得ない面があると思います。この貧弱なラインアップと販売施策ではシェア15%を狙うこと自体無茶でしょう。
この時点で、既に発表していたデジタル一眼レフを走らせるとなると、コンパクトタイプはそれなりに絞ることになるのは間違いないところです。AシリーズとGシリーズは消えるのではないかなと予想されました。

2004年度上半期に発売された機種を見てみますと、 4月にDiMAGE G600、8月にDiMAGE G530が発売されています。G600はコニカ時代の最後の機種KD-510Zの後継で画素数を600万画素に増やしただけであります。G530はG400の後継ですが、こちらもCCD乗せ替えのマイナーチェンジ。G400はレンズカバーを右向きに開ける方式、G600は左向き、そしてG530はまた右向き。「ええ加減統一して欲しい」という声も…。G530をもってGシリーズは終息となりました。

一方、何としても巻き返しを図りたい、”元祖”薄型のXシリーズ。8月に待望のフルモデルチェンジとなるDiMAGE X50が発売されました。レンズが中央に配置され、液晶を2.0型に大型化、スライド式のレンズカバーを導入した500万画素2.8倍ズーム機です。
スライドカバーは実際に手にとって見ると思った以上に感触が良く、使い勝手も良さそうなのですが、まずそれ以前にデザイン面がいただけません。ソニーのT-11とか松下のFX7のような洗練されたデザインならば、見た目でまず手に取ってみたくなりますが、X50は見ただけで「欲しいのとは違うんだよな」と相手にされないような気がします。私としても当時Xtからの買い替えを考えてまして、Xシリーズの後継機には期待していただけにこのデザインは残念でした。もう少し何とかならなかったのでしょうか。何が不満かを言葉で書き表すのは難しいのですが、まるで”試作機”のように”未完成”な感じです。
問題はさらに、Xシリーズの売りの一つでもあった薄さをスポイルしてしまったことです。初代Xが発表されたときのあの感動はどこに行ったのでしょうか…。23.5mmと3.5mmも分厚くなってしまいました。技術的に難しかった面もあったかもしれませんが、せめて従来機種と同等の20mmは維持して欲しかったです。他にも光学2.8倍ズームと3倍からこれまた微妙なスペックダウンですし、開放F値もテレ側は5.0と暗くなってしまいました(Xgまでは3.6)。これでは、デザイン面だけでなく、実力でも他社モデルに勝てそうにありません。カメラと言うものに愚直にまでこだわった一方で、どこか”妥協”の多い商品企画は市場のトレンドから大きく遅れをとってしまう結果となりました。

こうして、X50で薄型のカテゴリを復活させることができず、初代Xで見せた勢いは日を追うごとに”風前の灯”になっていきます。そして、市場参入に成功していたZシリーズにも魔の手が…。

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Part9 なぜか退化した後継機種
コニカミノルタのデジカメが決定的におかしくなったのはこの時期ではないかなあ。2004年2月新製品が4機種同時発表されましたが、前回書いていない残る2機種はDiMAGE XgとDiMAGE X21です。DiMAGE Xgは前年4月発売のXtの後継機、DiMAGE X21はX20の後継機です。

普通、後継機と言えば、画素数アップや機能追加、性能向上など、仮にマイナーチェンジの色合いが濃くても前作より魅力のある製品に仕上げてくるはずであります。ですから商売上、新規ユーザのみならず、前作までのユーザの買い替え層も取り込むことを考えるはずです。

しかし、DiMAGE XgはXtと比べハード面での退化が2点もあります。充電クレードルの廃止とTV出力機能の省略です。「家に帰ってバッテリーを抜いて充電すれば済む話じゃないか」「TV出力にこだわるユーザはごく少数だろう」という考えがあったかと思います。確かにそうかもしれません。が、競合機種が逆にクレードル対応を売り文句にしている中で流れに逆行してしまったのは非常に痛いです。これでは、まるでどちらが後継機種か分からないです。
DiMAGE X21の方は、DiMAGE X20で可能だった音声付き動画撮影を事もあろうに音声なしにしてしまいました。3~4年前ならまだ仕方ないでしょうが、音声のない動画ほど味気ないものはあるでしょうか…。

これは、DiMAGE X20で成功したコストダウンモデルをさらに推し進めることで、Xシリーズの浸透を図る狙いがあったものと思われます。が、CCDセンサなどのキーデバイスを持っていない同社がこのような作戦をしても、コスト競争で勝てるわけがありません。私はむしろ、少し値段は高いけども他社には絶対負けない付加価値があるという路線を守って欲しかったです。
ここでわざわざ商品価値を低下させて遠回りしたことが、決定的な敗着の一手になったと私は見ております。

2004年7月にはDiMAGE X21の画素数を300万画素に上げただけのDiMAGE X31が発売されました。しかし、その間にソニーは薄型でデザイン性に優れたTシリーズを次々と発売、キヤノンは20mmの薄さを実現したIXY DIGITALシリーズを投入、そして2004年8月には松下から薄型+手ぶれ補正のFX7が発売されたことで、既に薄さは全くアドバンテージではなくなり、市場での存在感を”自ら”薄めてしまう結果となったのです。

ただし、ここで勘違いしていただくないのは、DiMAGE XgやX21そのものの内容が悪いと言っているわけではありません。私は実際にDiMAGE Xgを所有していますが、Xtに比べてバッテリー(両機種で共通)の持ちが格段に向上していることを実感します。Xgで導入したフルオートシーンセレクタモードは嫁さんが使っていて便利だと話しています。
私が指摘しておきたいのは、あくまで商品戦略上の致命的な失敗だったと言うことです。

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Part8 ブランド統一はお客様の声?
2003年11月、コニカミノルタはDiMAGE G400を発売。0.7秒の高速起動、ハイブリッドAF、そして充実のマニュアル機能。コンパクト機としてワンランク上を狙った製品です。しかし、ユーザに対して分かりやすいアピールポイント(今で言うところの手ぶれ補正や高感度など)が足りず、市場にはスルーされてしまいました。統合して「シナジー効果」を生み出すとしていたはずが、Gシリーズに関してはコニカ時代よりかえってブランド力を弱めてしまったように思うのは気のせいでしょうか…。そもそも、ユーザの間では、統合によってカメラのシェアがぐっと伸びることについて懐疑的な見方が多かったように思います。

そして2004年2月、大きな発表が待っていました。それは、デジタル一眼レフα-7 Digitalの開発発表、さらにカメラのブランドをミノルタからコニカミノルタに統一することでありました。
このブランド統一について同社はプレスリリースで、「お客様より、コニカミノルタグループトータルでのシナジーを発揮すべくブランドを統一し、ブランドイメージの強化を図るべきとのご意見を数多くいただきました」とコメントしていますが、これは本当でしょうか。かなり疑問です。実は、「お客様」ではなく「株主様」「販売する量販店様」の声ではなかったでしょうか…。ブランド名としては少々長すぎますし、ただでさえあまり良くないカメラのデザインの印象も一層悪化したように感じられます、私には。

同日、コニカミノルタブランドで新製品4機種が一挙に発表されました。まずはDiMAGE A1の後継機DiMAGE A2。CCDシフト方式の手ぶれ補正を継承しつつ、画素数を800万画素に引き上げ、ビューファインダーを92万画素の高精細タイプにしました。ただし、カメラとしての完成度は高く評価できますが、市場は完全にデジタル一眼レフに移行しており、DiMAGE Aシリーズの将来は既に厳しいものがありました。

次はDiMAGE Z1の後継機DiMAGE Z2。画素数を400万画素に引き上げ、世界初となる800×600ピクセルの動画も実現しました。本当に800×600ピクセルの動画が使い物になるかは分かりませんが、大事なのは少しでも+αを積み重ねる意欲を見せることだと思います。また、DiMAGE Z2は手ぶれ補正こそ搭載していないものの、画質ではZシリーズの中で最も良かったと今でも言われています。

DiMAGE A2とDiMAGE Z2はいずれも正常進化モデルで、まあ良いでしょう。しかーし、しかし、残る2機種が大問題、将棋で言うところの大悪手となったのです。

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Part7 ミノルタのデザインセンス
高性能コンパクトデジタルカメラと言えば、ミノルタからはDiMAGE F100, F300があります。2003年3月、DiMAGE F100の後継となる400万画素機DiMAGE F200が発売されました。エリアAFの強化、動画の撮影時間が無制限になるなどマイナーチェンジの機能UP。

しかし、個人的にはグリップのアクセント(上の写真では茶色の部分)はセンスないんじゃないかなあ。デザインだけ見ればまだF300の方が良かったような気が…。それと2002年にDiMAGE F100を店頭で見たときには「適度にコンパクトだなあ」と思ったのですが、競合各社が着実にコンパクト化に注力した結果、翌年2003年にF200を見ると、不思議なことに「なんだか分厚くて野暮ったいかも」と思ってしまいました。

一方コニカはDigital Revioシリーズを展開し、2003年6月、コニカとしては最後のカメラとなるKD-510Zをリリース。カメラとして熟成され、解像感のある画質は好評を得ました。

高性能コンパクトは、ミノルタのFシリーズ、コニカのRevioシリーズの対象ユーザが重なるわけで、両社が経営統合したときにどちらが残るのか、あるいは”良いとこ取り”をするのではないかと思われました。結局RevioシリーズがDiMAGE Gシリーズとなって続くこととなりました。

コニカとミノルタが統合する際、「カメラはミノルタ、フィルムはコニカ、それ以外はコニカミノルタ」ブランドで販売することになりました。そして、デジカメ事業については2003年8月28日付の基本経営戦略資料で次のように説明されています。
「4つのカテゴリとなる薄型コンパクト、小型高画素、低価格高倍率ズーム、レンズ一体型高機能でNo.1ポジション(30%)を獲得する(全体シェア15%)。」

ちなみにこの発表内容は今からわずか2年半前の話ですよ。当時はシナジー効果も狙って全体シェア15%取ろうなんて、今から考えたら「なんじゃそれ!?」って感じで何ともコメントのしようがないですが。で、この時点ではデジタル一眼レフについての参入については計画の中に入っていませんでした(少なくとも公式発表はしなかった)。
それはさておき、薄型コンパクトに相当するのはXシリーズ、レンズ一体型高機能はAシリーズ、前回のお話から小型高画素はコニカ系を受け継いだGシリーズ。じゃあ、低価格高倍率ズームとは…。というわけで、同社にとって新規参入となるカテゴリなのであります。これが300万画素光学10倍ズーム機DiMAGE Z1です。

コンパクトなボディに10倍ズームレンズを搭載し、撮影機能も本格的に備わっている、そして何と言ってもAFが速い。動画機能も充実し、VGA30フレーム/秒でしかも撮影中でもAFが可能なのが魅力でした。商品企画から生み出したヒット作であり、従来このカテゴリはオリンパスが独占していましたが、ほぼ同時期に参入した松下電器とともにシェア獲得に成功しました。

しかし、当時デザイン面での評価があまり芳しくありませんでした。同社も「ヨーロッパ市場を意識した近未来的なデザイン」とコメントしており、日本人には少々奇抜に映ったかもしれません。写真家の田中希美男氏のサイトではケチョンケチョンに書かれていたことを記憶します。「これが大阪、関西のセンスと思われてはそれは違う」「これはコニカミノルタとなる前のミノルタの、それも堺市のミノルタ技術センター内のデザイン部門だけの特異なセンス」と書いてあるところを読んで思わず大爆笑しました。さらに「ミノルタはどうしてこうもデコラティブ過剰な、超アバンギャルドなスタイリングに仕上げるのか、いつも不思議でなりません」「加えて惜しいのはボディ外観の、人をおちょくったようなスタイリングなんだよなあ」の皮肉も最高傑作でした…。
ただ私自身は、Zシリーズが続くにつれて、目が慣れたのもあるかもしれませんが、店頭で実際に手に取ってみると、「意外とコンパクトじゃないか、使いやすそうだし」と印象が少し変わってきましたけどね。

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Part6 DiMAGE A1 vs. EOS Kiss DIGITAL
薄型シリーズのさらなる普及を狙うミノルタは”廉価版”Xシリーズに軸足を移します。つまり、初代X、Xi、Xtはいずれも薄型と言う付加価値の代償としてどうしても他社製品より高価になってしまう。カメラ量販店ではそれなりに置いてもらえても、安売りを重視する家電量販店には相手にされない、といったケースも見られました。そこで、DiMAGEブランドのさらなる浸透を図るべく、販路を広げるためにも低価格化を目指したと思われます。
そして2003年8月、画素数を200万画素に抑え、乾電池が使えるDiMAGE X20を発売しました。薄さは従来より3mmほど厚くなりましたが、初心者に優しい操作性なども含め、個性的なモデルとして評価されました。
私は当時DiMAGE Xtを買うか、X20を買うか迷いましたが、Xtにしました。理由はまず薄さの要素が自分の中では大きいと思ったこと、そして、X20には録音機能がなかったこと(電車の音とか録音したい)や、X20はボディがやや安っぽく見えてしまったことであります。
この低価格化路線、X20はまだ良かったと思うんですが、この後も続けてしまったことが敗着につながったような気がします。

一方、翌月の2003年9月にはDiMAGE A1を発売。何と言ってもCCDシフト方式の手ブレ補正が画期的で、AF高速化も大きな売りでした。ハイエンド機の決定版と言えたと思います。(発売当初の実売価格13万円)

しかし・・・、この頃、今まで約30万円とハイアマチュアしか手が出なかったデジタル一眼レフが安価になりつつあり、DiMAGE A1とほぼ同時期にキヤノンが「EOS Kiss DIGITAL」をボディ単体で12万円弱というこれまたほとんど同じ価格帯で発売し、これを機に一斉にデジタル一眼レフ普及期へと突入していきます。その意味で、今考えて見ますとDiMAGE A1は既に時代遅れになりつつあったのかもしれません。

そして、コニカとミノルタが経営統合することとなりました。デジタル一眼レフの登場を待ちわびるαユーザーの声が日増しに高まる中、デジタル一眼レフへの再参入について当時の同社はまだ「検討中」とする姿勢でした。

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Part5 全盛期!…でも長くはなかった
2002年2月に発売したDiMAGE Xはミノルタのデジカメとして最大のヒット作となりました。また、2ヵ月後にはDiMAGE 7のAF性能などを改善したDiMAGE 7iを発売し、ハイエンド機としてユーザに浸透していきます。ちなみにDiMAGE 7iは私も購入しておりまして、現役活躍中です。

さらに、高性能とコンパクトを両立した400万画素光学3倍ズームのDiMAGE F100も発売しました。被写体を自動追尾するAFを搭載するなど魅力のある機種です。この機種もヨドバシカメラの週間売り上げランキング4位を獲得しました。つまりこの時期、ミノルタはDiMAGE X(実売5万4800円)、DiMAGE 7i(実売11万9800円)、DiMAGE F100(実売6万9800円)という付加価値の高い3機種が全て成功を収め、本格参入2年目でいよいよ全盛期を迎えることとなります。売り上げ・利益ともに最も良かった時期ではないでしょうか。

2002年後半のミノルタは、DiMAGE 7iのマイナーチェンジ機DiMAGE 7Hi、DiMAGE Xの300万画素版となるDiMAGE Xiを発売しましたが、ややおとなしい展開に。
実はこの頃、大ヒットしていたのは富士フィルムのFinePix F401。ボディの薄さは27.5mmと、DiMAGE Xより7mm以上も厚かったのに、高画質が評価されてなんと半年間もヨドバシカメラの売り上げランキング首位を維持しました。「ヒットの要因は薄さとは限らない」ことを、当時の市場は物語っていたように思われます。(これがコニカミノルタでの後の商品戦略に微妙に影響を与えたかも…)

そして2003年春、DiMAGE Xiの後継機として、同じ300万画素ながら少しだけ高さを低くし、デザインを洗練させたDiMAGE Xtが登場。録音機能や時間無制限の動画など、仕様面でもDiMAGE Xシリーズの一つの完成形に仕上げました。(私も購入しました。)

ただ、DiMAGE Xが登場したときのインパクトは徐々に薄まってきた感は否めません。というのも、薄型のライバルとしてカシオの「EXILIM EX-Z3」やペンタックスの「Optio S」が登場。EX-Z3は液晶が当時として大型の2.0型を採用しているのが魅力で、ペンタックスは世界最小最軽量の称号をミノルタから奪ったのです。しかも、DiMAGE Xtは部品調達の遅れなどで、ライバル2機種よりも2週間程度遅くなったのも響きました。ちなみにこの3機種の中で最も売れたのはカシオ「EX-Z3」でした。操作性や画質を含めた総合力で差が出ました。

つまり、”他社にはなかった魅力”だった薄型も、他社と同レベルにまでトーンダウンしてしまい、独自の強みをアピールできなくなっていたのです。

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Part4 DiMAGE X、カウンジャー!
2001年9月、ミノルタは特別損失などを一気に計上し、大赤字に転落します。業績悪化を受けて2001年末にかけて株価は値下がりし、歯止めがきかなくなりました。そしてついに100円を切る92円まで一時は叩き売られたのです。

この苦境の中、ミノルタのWebサイトではティザー広告が始まりました。第1弾は「なつかしい友だちに出会ったら」「街を歩くのって面白い」など、日常的なシーンで活躍することを連想させる内容、第2弾は超薄型を強調するものでした。とにかく画期的な新製品ではないかと言う前評判でありました。

そのカメラは何を隠そうほかでもない、現在の薄型コンパクトの元祖となった200万画素光学3倍ズーム機「DiMAGE X」(2002年2月発売)であります。

当時として、世界最小・最軽量となる薄さ20mmを達成、起動時間も世界最速1.8秒。屈曲光学系を採用し、レンズが飛び出さないインナーズームを実現しました。今までになかったデジカメの登場で話題をしばらく独占したDiMAGE Xは、カメラ量販店を中心に売り上げを伸ばし、ヨドバシカメラでは約1ヶ月間ランキング首位の座を獲得、ミノルタのデジカメの存在感を示しました。
Part3 DiMAGE S304、一瞬にして2万円値下げ
ミノルタが2001年6月に発売したDiMAGE 7はインパクトがある商品で、ハイエンド機でありながら、ヨドバシカメラの週間売り上げランキングベスト10にぎりぎり顔を覗かせるくらい健闘を見せました。

しかし、4機種同時発表したうち十分に市場に食い込めたのはDiMAGE 7だけ。
姉妹機のDiMAGE 5は画素数が334万画素と平凡で、DiMAGE 7の魅力だった広角28mmではなくこれまた平凡な35mmからのスタートでした。発売も9月にずれこみ、DiMAGE 7の興奮も冷めてしまっていました。これがもしDiMAGE 7と同時発売であればそれでももっと売れたと思います。
DiMAGE E201は前年発売のDiMAGE 2300に動画機能を付加しただけのモデルで、単焦点だわ200g以上と重いわで魅力なし、さっぱり相手にされず。まあ、これはラインアップをそろえるのが目的と推察され、ミノルタとしても本命ではなかったと思います。

私が4機種の中で最も売れると思ったのは、実はDiMAGE S304でした。比較的コンパクトなのに、ライバル機種で一般的な光学3倍を上回る光学4倍ズーム、当初月産3万台。いけると思ったのですが、日本では「野暮ったいデザイン」と評され意外にもスルーされてしまいました。発売時点で69,800円の価格設定だったのが2~3週間で59,800円に。まあこれは仕方がない。しかし、発売から3ヵ月経った瞬間、いきなり2万円も値下がりして39,800円になったのです。カメラ店のチラシを見たとき、これは間違いに違いないと疑ったくらいでした。さすがにここまで値下がりするとネット上では「写りが良い割りに安い機種」として話題になりましたが、量販店のランキングを賑わすには程遠かったです。
安くなるのはもちろん結構なことなのですが、短期間にこれほど値崩れしたのでは69,800円で買った人が少々気の毒でした。

ただ、このSシリーズでは海外では大ヒットし、海外向けのみS404、S414とシリーズは続きました。

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Part2 ミノルタの眠りは長かった
ミノルタが世に送り出した最初のデジカメは1995年のRD-175に遡ります。カシオのQV-10が大ヒットしたのと同じ年です。QV-10の大ヒットを機に、光学メーカーや家電メーカーが相次いでデジカメ市場に参入しました。

ミノルタもその中で機種が全く途絶えていたわけではありません。1997年には着脱式レンズが特徴のDimage Vを発売、1998年末にはDimage EXを発売しました。しかし、あまりにも細い線でつながっていたとしか言いようがありません。1999年にはデジ一眼Dimage RD3000を発売、しかし大多数のユーザが持っているαマウントではなく、APSサイズ対応でαと互換性のないVマウントでした。

そして、「デジカメは業務用でしか普及しない」と判断し、2000年までは銀塩カメラに開発の重点を置きました。銀塩コンパクトタイプではVECTIS2000、VECTIS3000を発売、そして銀塩一眼レフの名機α-7を2000年9月に発売しました。この間、デジカメは200万画素単焦点のDimage2300、3倍ズームのDimage2330を発売したのみ。ミノルタがデジカメに対してあからさまに「手を抜いていた」期間であり、当時の国内シェアはゼロに等しかったと言います。

この頃、2000年にはキヤノンのIXY DIGITALやソニーのサイバーショットP1が大ヒット作に。既に市場がデジカメへと大きく変わろうとしていました。Kochanも2000年末に富士フィルムのFinePix2500Zを購入しました。デジカメは、私のように今まで写真やカメラに興味がなかった人にもどんどん普及し始めたのです。

こうした予測の誤りが、結局後々まで響いてしまったのは間違いありません。

ミノルタがようやくデジカメ本格参入を発表したのは2001年5月のこと。当時としてはコンシューマ向け初の500万画素機となるDiMAGE 7、姉妹機DiMAGE 5、コンパクトタイプDiMAGE S304、E201の4機種を同時発表したのです。この中でDiMAGE 7は大いに注目を集め、雑誌のレビュー記事にも大きく取り上げられました。そのときのレビューアーの最初の言葉が「ミノルタの眠りは長かった」だったという皮肉でした。今までいったい何やとったんや!と言う気持ちを誌面上で少しでもぶつけたかったのでしょう。

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Part1 コニカミノルタ、カメラ事業から撤退
久しぶりの更新です。
特別企画といたしまして、2006年1月~5月に他サイトに掲載しました内容を再編成して、こちらのブログに掲載いたします。
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まさかこんなに早いとは…。一ユーザの立場としてショッキングな出来事でした。コニカミノルタがカメラ・フォト事業から2006年3月末をもって撤退することとなりました。

これまで私はミノルタ時代以来、フィルムカメラ1台、デジカメは6台も愛用してきました。私の目から見たコニカミノルタ(ミノルタ時代含む)のデジカメ戦略をおさらいしながら、全23回に渡って、撤退に追い込まれるに至ったポイントを振り返ってみようと思います。

(写真は心斎橋の夕景に映るコニカミノルタのロゴ)

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