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過去記事:荒れた成人式に物申す!(1)
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”荒れた成人式”と言われていますが、ここ2~3年くらいは大きなトラブルもなく、比較的穏便に終わっている印象です。
まあ、一番ひどかったのは7年前の2001年ですね。今回は2001年1月14日で他サイトに掲載しました記事を一部加筆修正してこちらに再掲載いたします。
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 2001年1月8日、今年も全国各地で成人式が行われましたが、私語はもちろんのこと、式中の酒盛りや携帯電話、会場周辺の違法駐車など新成人のマナーの悪さが目立ちました。この話題については前後編に分けて2回に渡って述べていきたいと思います。

 ”荒れた成人式”、その中でも香川県高松市の「クラッカー事件」は全国ニュースで大きく報じられました。参加した約2500人の新成人のうち、10数人が会場内に日本酒を持ち込んで騒いだ挙句、うち5人が市長の挨拶中にステージに駆け寄り市長の顔めがけてクラッカーを鳴らした上にその残りかすを投げつけたのです。さらにその後、式の途中で会場を出てきた2,3人が、ロビーで取材していた男性記者に因縁をつけて顔などを殴り3日間の軽傷を負わせました。結果、クラッカーの5人は威力業務妨害容疑で逮捕され、記者に対する暴行容疑についても取り調べを受けています。

 実は私は1996年、地元の成人式で新成人代表の挨拶をさせていただきました。このときも式の最初から最後まで私語が絶えず、ステージで一生懸命挨拶をされている来賓の方や司会の市職員が気の毒でなりませんでした。というわけで今回の事件は、いろんな意味で考えることが多かったです。

 まず、被害に遭った高松市長がクラッカーの5人を告訴した結果、逮捕に至ったわけですが、私としては残念ながら告訴はやむを得ない面が多かったと思います。その行為だけを取ってみますと、単に目の前でクラッカーを鳴らして残りかすを投げつけただけですから、こんなことで逮捕するのでは過剰制裁だという意見もあるかもしれません。しかし、これをこのまま黙認してしまうと来年以降ますますひどくなっていくことは簡単に想像がつくでしょう。ついには傷害や殺人が各地で横行し、取り返しのつかない事態が発生する可能性が極めて高いと思います。その意味では後々に与える社会的な影響のほうが大きく、もはやマナーの問題では済まされないと思います。今回逮捕者が出たことで歯止めがかかり、来年以降このようなトラブルがなくなることを望みます。行為の程度は”子供以下”であっても年齢がくれば容赦なく逮捕されて全国ニュースで名前が公開されるということ、未成年のように将来を考えた配慮はしてもらえないことを私自身も改めて思った次第です。本当に軽率かつ愚かな行為で逮捕された5人は、おそらく不起訴処分になるだろうという見方が多いようですが、それでも社会的な制裁は覚悟しなければならないでしょう。

2001年は高松市以外にも、
・車で強引に会場に乗り入れて門扉を壊す
・新成人代表の挨拶で、新成人めがけてエアガンを撃つ
・高知県橋本知事に”出て行け!”と怒鳴られる
などなど、あまりに”全国展開”されたので、NHKニュースで”成人式騒動マップ”なるものが作成され、地図上に酒や携帯電話、クラッカーにおもちゃのピストル、壊れた門扉などが並ぶという有様でした。

荒れた成人式を受けて、存続の是非も含めた成人式そのもののあり方が問われています。今回の事件があった高松市のホームページを読むと、市長は「主催者として,この式典を滞りなく終えることを最優先しなければならない立場」だったとそのときの状況について説明しています。しかし私は、そういった主催者側の意識の持ち方によって年々新成人の気持ちが離れていったと考えざるを得ません。いくら会場内が騒がしかったとしても時間が来たからと言って粛々と始めてしまう、そのような言わば”非常事態”が例年続いて慣習化していたことは大変おかしいのです。街頭でインタビューを受けた若者は「大人が”祝ってやってるんだ”という態度に腹が立つ」「偉いさんが出てきてつまらないことを話すのは要らない」と述べていますが、そのような成人式の実態に不満を持っているのだと思います。「新成人が主役である」「新成人が心から参加していける」成人式を主催者はもっと模索するべきなのです。

 しかしです! だからと言って、つまらないからと言って、あのような下劣な行為で反発するのは愚か者と連呼するしかありません。つまらないこと、気に入らないことを我慢するのは社会で生きていくうえで不可欠なことであり、あのような感情に任せてやりたい放題というのでは、大人としてというより人間として最悪です。私はこのような人間が社会にはびこることを考えるだけでゾッとします。「今の成人式のあり方に抗議しているのではないか」という意見も出ているようですが、私はそうは思いません。”このような成人式のほうがいい”という建設的な意見を全く持たずして、単に「つまらない話が嫌だ!」とだだをこねて目立ちたいだけなのです。言い換えれば無責任なのに非協力で自分勝手なだけです。成人式のやり方が気に入らなければ会場に来る必要もないし、自分たちのやりたい成人式があるのなら自ら企画するなり行政に働きかけるなりしていくべきです。会場に来たのならば、気に入らない挨拶でも我慢しなければならないのです。それが社会としての最低限のルールです。

 「新成人を祝うとともに、成人としての自覚を新たにする」はずの成人式が「同級生と再会してドンチャン騒ぎする」だけの意識しか持たない若者によってメチャメチャにされているというのが現状だと思います。昔の成人式はもっと厳かで静かだったと聞きます。いつの間に変わってしまったんでしょうか。なぜ変わってしまったんでしょうか。若者の”レベル”が落ちた、つまり全体的にアホになっただけなのでしょうか。それだけで片付けてよいのでしょうか。そういった背景を次回もう少し考えてみようと思います。
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テーマ:思ったこと・感じたこと - ジャンル:日記

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