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マイナスで統一する発想を捨てよう
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NHKの討論番組で、東京杉並区の和田中で行われている、成績上位者対象の補習「夜スペ」について議論されていた。賛成・反対が半々位。ただ、反対の理由を聞いて少々引っかかった。
「成績上位の人だけが得をするので反対。成績下位者がほったらかしになる。」と言う。

確かに、成績下位者のフォローが課題になることは間違いない。しかしそれが「夜スペ」を反対する理由とは全く別の話なのではないか。なんとなく、「特定の人にだけ利益があるだけなら、悪いほうに合わせた方がマシ」のような発想はないだろうか。
今の学校教育、特に公立中の教育には、成績上位者も下位者も満足していない。以前なら下位者の底上げ的な補習という考えが一般的だったが、それを中位者以上の引っ張り上げに焦点を移した取り組みを始めた、それだけなのである。今後、下位者に対しても、「夜スペ」に巻き込むような対応を考えるか、別途アプローチを考えるか、といった課題は残るが、教育の現状を改善するのにせっかくプラス方向に進んでいるものを否定する意味はあるまい。

もう一つ、昨今マスコミを賑わしている大阪府の橋下知事。朝礼を勤務時間前にしようとして反発を受け、女性職員と押し問答になる一幕も。つまり、サービス残業になるではないかとの異議が出たのである。
このとき、府民からの意見のメールでは、橋下知事を支持するものが多かったと言う。それは特に問題ではないが、その中に「サービス残業なんか、どこでもやってるではないか」というのがあったことは看過できない。

サービス残業に満足している人は会社の経営者くらいなもので、やってる人からすれば誰もが不満に思っているはずだ。なのに、民間なら当たり前なのだから公務員もやれ、という発想になって悪いほうに合わせようと言うのはいかがなものか。
私は公務員が民間に合わせるばかりではなく、むしろ公務員の待遇から率先して本来あるべき姿にするくらいのことがあっても良いと思う。

明るい未来を築くためには、過去の慣習や他所との比較にとらわれずに、本来なら何が正しいのかという目で現状を見据え、一つ一つ改善することが非常に重要である。こうしたマイナスで統一すると言う発想があっては、良くなるものも良くならない。
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過去記事:荒れた成人式に物申す!(2)
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今回は、2001年2月に他サイトで掲載した記事を一部編集してこちらに再掲いたします。
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”成人式騒動”から約1ヶ月。香川県高松市の成人式でついに逮捕者が出てしまったことをきっかけにして、世の中では幅広い議論が交わされているようです。NHKテレビなどでは、非常識と言われる若者の心理に迫った特集を放送したりしていました。

 今回の成人式騒動では、騒ぎを起こした新成人の多くが後日になって市長や県知事らに謝罪に訪れています。そして皆自分のした行為に対し心から反省している様子だったとのことです。つまり、調子に乗って勝手に盛り上がっただけのつもりが、大きく報道されて初めて悪いことをしたと気づいたのではないかと思います。

 東京の日教組が高校3年生にアンケート調査したところ、驚くべき実態が明らかになりました。様々な行動の中で許せない行為の1位が「映画館での携帯電話」。「殺人」は他の項目と並んで2位にとどまり、なんと「殺人」よりも「映画館での携帯電話」の方が許せないと考えていることが分かったのです。しかも「殺人」を許せるとした人がなんと6%もいることには驚きました。「法律を守らなければならない」という基本中の基本の意識が、多くの若者の間で希薄化していることを如実に表しているものと思われます。

 若者のこうした深刻なモラル低下の一因としては、「わがまま」・「自己中心的(いわゆるジコチュウ)」な発想が挙げられます。私の考え方をまとめると、次のような流れになります。
・今の若者は何不自由のない世の中で、親に甘やかされて育てられた。よって我慢する・辛抱するという経験が極めて少ない。
・小さいときからゲームなどに没頭し、親からも”勉強しろ”としか教えられないため、人間として必要な思いやりの気持ちが育たない。
・だから、我慢して規則を守ることができないし、思いやりがないから人の迷惑のことなど考えることができない。よって「わがまま」・「自己中心的」な発想が生まれる。
・守るべき法律やマナーなども、自分の都合を優先させてしまい、悪いことを悪いと思わなくなる。NHK総合テレビ「クローズアップ現代」ではこのことをわがままならぬ”我がマナー”を呼んでいた。
・多くの若者が”我がマナー”の意識を持つことで、ますます悪いことを悪いと思わなくなる。
一言で表現するならば、現代の豊かな生活の歪みが若者の心の貧しさに表れていると思います。子供を甘やかす親、つながりがなくなった地域社会、そうした諸々の要素を、若者の心は率直に映し出しているのではないでしょうか。

 さて、成人式の話に戻しますが、成人式を存続させるべきかどうかの議論については意見が分かれています。「アホーな新成人のために税金を費やす必要などない!」などと、成人式を廃止するべきという意見も多数あるようです。私も現状のままの”非常事態の成人式”を存続することには反対です。ですが、税金の無駄という理由で成人式を取りやめても社会が良くなるのでしょうか。確かに税金は浮くでしょうが、「アホー」とされる新成人は確実に社会人の仲間入りをしてくるのです。はっきり言うと、このままでは日本の将来は危ないのです。

 前回も書きましたが、成人式の目的は「新成人を祝うとともに、成人としての自覚を新たにする」ことです。新成人がもっと積極的に式に参加し、大人としての自覚を持てるような内容を工夫していく必要があると思います。その意味では、今の成人式はまだまだ改善の余地があるのではないでしょうか。愛知県犬山市では、市が主催する成人式が廃止されたのを受けて、新成人らが自分たちで”新成人の集い”を企画し、見事に成功させました。また北海道のある市では、「騒ぐんだったら和太鼓でも披露してくれ」という声に新成人が応え、大いに盛り上がったとのことです。「新成人もやる気になったらできるんだ」ということを証明していると思います。成人式の意義を念頭に置き試行錯誤を繰り返しながら、こうした方法を模索していくとかなり改善されて実りある成人式を行うことができるのではないかと私は考えます。

 でも、もっと根本から改善していくには若者の意識を変えていくことが不可欠です。家庭や地域社会での取り組みはもちろんのことですが、学校ではゆとり教育よりもモラル意識や人への思いやりを高めるための教育(道徳教育)により力を注ぐべきです。昔の校則のように単に規則を守らせるのではなく、「なぜやってはいけないのか、なぜやらなければならないのか」という意識付けをしっかり行っていく必要があると思います。

 もう一つの手段は”モラルリーダー”の存在です。ファッションリーダーのように、モラルリーダーは格好良いという認識が広まれば、若者の意識もかなり変わってくると思います。皮肉な例かもしれませんが、2001年1月26日にJR新大久保駅で、ホームから転落した人を助けようとして亡くなった韓国人学生と日本人カメラマンに対して、国内のみならず韓国でも多くの人が心を打たれました。こうした勇気ある行動が人々の規範となったように、規則やマナーをきちんと守っていくことが規範となって若者を含む人々に浸透していけば、今後は成人式だけでなく社会全体が良くなっていくのではないかと考えます。

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