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「ゲリラ豪雨」論争、もう一つの弊害は?
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突然降りだす激しい雨。今年の7月から9月にかけて、不安定な気圧配置が続き、「ゲリラ豪雨」とも呼ばれる局地的な集中豪雨による災害が相次ぎました。先日この「ゲリラ豪雨」という表現について適切か否かという議論が新聞に掲載されました。

予測が難しい局地的に非常に激しい雨、という意味を示した表現として、「ゲリラ豪雨」は分かりやすいと言えるでしょう。一方で「戦争を想起させる」として公の機関では使えないという意見もあります。

ここから私の意見になりますが、まず私も「ゲリラ豪雨」が好ましい表現とは思いません。それは戦争云々ではなく、いかにも今年始まったかのような異常気象を連想させ、そのメカニズムの考察や災害に対する備えに対する行動を知らず知らずのうちに疎かにさせる恐れがあると考えたためです。実際、ゲリラ豪雨の原因は、イコール地球温暖化に結びつけた人も多かったでしょう。もちろん地球温暖化は深刻な問題であり、対策を考えていかねばなりませんが、物事はそう単純ではなく、しっかり個別に考えていかないと、間違ったアクションになりかねません。地球温暖化だの、挙句の果てには中国の人工消雨のせいだのと言うことにして納得し、それ以上の思考が停止してしまっているのではないでしょうか。

あと気になるのはそれに伴う「思い込み」の増加。ちょっと大雨や強風があっただけで「50年住んでてこんなことは初めて」なんて言う人がいますが、そんなことあるわけない。10月に一気に気温が下がって肌寒くなった時がありましたが、「日本から四季がなくなる」とは大げさにも程があると思いませんか。集中豪雨による災害は何十年も前からあったのに、いかにも異常気象だけが原因かのような思い込みはいただけません。

もっとも、「ゲリラ豪雨」と言っても、確かに何時にどこで豪雨になるという予報は難しいでしょうけれども、「今日はこれらの地方で局地的な大雨になる可能性はある」という予想くらいは十分に得られる世の中なのです。不意打ちの地震よりかはよっぽどか対策は立てやすいはずです。インターネットでは刻一刻と変わる雨量レーダーを見ることもできます。ネットを使える人はこうした手段をこまめに活用し、情報を待つだけでなく自分で考える習慣を身につけませんか。また、自治体もこうした雨量情報や川の水位などをウォッチし、災害を、特に浸水で人が亡くなるような事故を未然に防げるシステムを構築していくことが大事ではないでしょうか。
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テーマ:天気 - ジャンル:ニュース

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