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阿久根「竹原帝国」10 改革は論理的に
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竹原氏が唱える「改革」。この言葉は非常に聞こえの良いものだが、重要なのは、何をどのように改革するのかを明確にすること。竹原氏の場合、「財政を立て直す」のか「官民格差をなくす」のかあいまいなまま暴走し、あいまいなまま擁護・反対の泥仕合をしている。非常にレベルが低いと言わざるを得ない。

改革とは極めて論理的でなければならない。なぜなら、論理的でなければ目的も手段も誤り、結果として達成できないからだ。もう一つ大事なことは、常にギブアンドテイクでなければならない。つまり相手を変えるには自分も変わらねばならないし、相手の悪いところを指摘するには、自分の欠点や失敗も認めなければならない。

筆者はソフトウェアの品質保証を仕事にしているが、この業務を始めたとき、設計部署から完成度の低いソフトが品質評価用に提出されたため、3度に渡って設計工程に差し戻した。3度目の差し戻しの時は我慢ならず、各部署に状況を知らしめるため、差し戻す旨の不合格報告書を発行した。このとき業務上の権力を行使したという、ある意味爽快感に浸ってしまったことがある。
だが、そこで上司が言った。「これだけで問題は何も解決しない」と言うのだ。つまり、次にどうやってこのソフトを売り物にできるだけの品質を確保していく手を打つのかを考え、共に取り組む必要があると。
そうした出来事をきっかけにして、翌年度には品質保証の部署が設計段階から関わり、仕様のレビューや作成途中段階のソフトの完成度を確認し、必要な助言を行う取り組みをしてきた。その中で品質評価が抜けていて市場でクレームになったような場合は、筆者や筆者の部署でも迷惑のかかった部署への謝罪をし、原因調査・再発防止に取り組み、自らの襟を正すことも意識した。

このようなプロセス改善は、何が問題になっているのかを整理し、原因を深掘りしモレなきよう網羅したうえで、あるべき姿を明確にし、それに向けての解決手段を系統立てて立案し、優先度の高いものから実施していく。さらには効果を確認し、管理・定着まで手を緩めずに行うのが常識である。確かに決して簡単なことではない。が、こうした手順を踏まないと目的とは異なる方向に進んでしまったり、手段を間違えたり、効果があったのかよく分からないまま放置されたりして、結局は失敗に終わる。よって綺麗事でも何でもなく、多くの製造業で当たり前のように日常的に行われているし、最近ではサービス業や管理・間接部門でもこのようなプロセス改善を導入し始めていると聞く。

そうしたことを念頭に入れて竹原氏の施策を考察すると、論理的に考えれば考えるほどおかしいことだらけである。
テレビインタビューで「手段を間違ってかえって遠回りになっていないか」とレポーターに指摘された竹原氏は、「余裕のある人は手順を踏めというが、今日明日どうやって食べていくのかと言う(余裕のない)人がいる」と説明した。
もし竹原氏の言うとおり、食べていくことさえ不安な人がいるなら、真っ先にその人たちを支援・救済する施策を実施しなければならない。公務員の賞与を急いで半額にしたり、議員報酬をいきなり日当制にすることは実質何ら関係ない。ましてや、アート事業や文化財調査等に1500万円も専決処分で投入することはどうやって説明するのか。

ここで市長としてすべき改革のあるべき姿について、イメージしやすいように書いておく。
まず第一に、財政危機と言うなら、現状のまま進んだ場合を想定し、1年後・3年後・5年後このようになりますよ、そして財政破たんとはこの状態のことを言うのですよ、とグラフで示す。しかしそれだけでは煽っているだけ。こうすれば再建できるというシナリオを、できれば複数立案してこちらもグラフ化し、メリット・デメリットを示し、自分の見解も述べた上で意見を吸い上げる。
第二に、官民格差が問題と言うなら、その原因を掘り下げること。阿久根は漁獲高が全盛期の3分の1に減ったと聞く。新幹線のルートから外れた。街からは活気が失われ、まさに疲弊している状況。まずそれをどう乗り切るのかに知恵を絞る必要がある。無論、漁獲高の減少は阿久根だけで解決できる問題ではないから、県や国も巻き込む。漁獲高を復活させる手段はないのか、それを断念するなら新たな産業を興すのか。いずれにしても阿久根の人が生計を立てるために何らかの形で働いて収入を得なければならない。その解を導き出すことが大事。
そして公務員の給与が高いなら、まずあるべき給与水準や賃金体系を議論する。業務の内容に見合った所得なのか、職員たち自身が考えるよう促すのである。その解は、幾分給与を下げることになるかもしれないし、給与は今のままだがよりレベルの高い仕事をすることで、結果として市の発展に寄与できることかもしれない。

筆者が勤める会社も、売上高に占める人件費の割合が比較的高いとされる。したがって売り上げが落ちるとそのまま利益圧迫に直結する事業構造なのだ。昨年の厳しい状況のとき、社長からそうした説明があった。しかし、だから賃金を下げると言う方向には話をしなかった。個々人がより工夫し、生産性を10数%上げれば存続に必要な利益が出せるという計算結果を導き出した。そしてその生産性向上を部方針・課方針に反映し、個々人に対してもどのように効率を上げるか考えることを求め目標化した。その結果が奏功し、昨年度下半期から業績が急回復するに至っている。苦しいときは賃下げでしのぐのが当然、とは限らない例と言えよう。

一方で、阿久根の場合、仙波氏が第二の夕張と危機感を募らせるが、その根拠は示されず、地方の疲弊と言う言葉でいかにも苦しいことを”演出”してしまっている。その状態で賞与カットを断行するものだから、いかにも赤字を立て直すかにみえるが、一方で1億円を超える減税をどさくさに紛れて行った時点で、財政危機とやらの説得力は完全消滅する。
次に官民格差。こちらも原因をはき違えている。このような状態になったのは公務員の賃金が上昇したからではなく、市の産業が衰退し、市民所得が下がってきているために、相対的に公務員の方が高く見えるのである。公務員の所得が法外に高いならその分は是正すべきだが、明確な説明もなくええ加減な理由としか思えない賞与カットを強行したのでは、された方の立場に立てば納得できるはずもない。あるべき水準をまず議論してしかるべきである。
そして何よりも市民が不自由なく暮らしていけるよう、産業をどのように立て直すか、これなくして解決はあり得ないし、喫緊の課題ではないか。ところが19件もの専決処分の中に、産業振興に繋がるものは1件もなかった。一番大事なところが抜け落ちているのである。固定資産減税や市役所窓口での手数料値下げはそれなりには意味あることだが、これこそ本質的な問題ではなく、これを実施したからと言って今日明日どうするかという市民がいるという竹原氏自身が提起した問題に応える施策ではない。

今回は法律違反の問題抜きで施策面に絞って考察してきたが、竹原氏の施策が表面的には人件費を削って市民に還元しているように見えても、根本の問題解決に何ら寄与していないことが明白である。よく「目的はあっていても手段が…」と評されることが多いが、実は目的も間違えてしまっているのである。厳しい言い方をすれば、いかにも仕事をやってるように見せかけているだけ。人の給与削減を強行するだけで「改革」していることにしてしまうレベルの低さに呆れる。これで支持が得られるなら、市長とは議員や公務員に負けず劣らず”道楽”な仕事なんですねと言うしかない。「ビジョンなき改革は単なる破壊」と叫んでいた、昨年市長選の対立候補の言葉が、今となってはむなしく響く。
ではどうずればよいのか。自分たちはどうせ駄目だ、駄目なのによい暮らしを続ける公務員たちは…という思考になると、竹原氏の信者になる。筆者は住民自身に問いたい。まずは住民自身が、各個人が、そして個々人が力を合わせて現状を打破する強い意志を持つこと、そのためにどうしたらよいのか考えることこそが、竹原氏の施策は実はおかしいぞと思う第一歩になるだろう。

テーマ:地方自治 - ジャンル:政治・経済

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