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わがまま典型4パターン
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自己中心的でわがまま、そしてひねくれた性格の人が増えていると感じるこの頃。到底正常とは思えない阿久根の竹原氏はもちろん、例えば読売新聞Webサイトの発言小町や人生案内を見ていても考え方のおかしな人が増えたと感じる。逆に言えば、それは自分自身にも問われることである。そこで自戒の意味を込めて、いくつかの傾向パターンを整理しておきたい。

1.どちらとも受け取れる事象は自分に都合のよいようにだけ解釈する。(軽度)
これはある意味プラス思考であり、必ずしも全否定されるものではない。高校野球で先攻をとれば先制攻撃できると言い、後攻をとれば延長戦で有利と解釈するようなもの。テストの点数が良ければ「自分が頑張ったから」と分析し、点数が悪ければ「テストが難しかった」だけで終わらせるのもその例。しかし物事の交渉などで、お互いが自身に良いようにだけ解釈しておしまいにしていると、後でとんでもない軋轢(あつれき)を生むことになる。
特にうまく進んだと思う時ほど、複数の観点で客観的に物事を見つける習慣が必要である。

2.自分を正当化するために、直接関係がない事象を指摘する。(中程度)
例えばフリーマーケットで自分の子供が汚れた手で商品を触って怒られたとする。親が子供を擁護するために、フリーマーケットで商売をしていた人の服装が変だとか言葉遣いがおかしかったとか、自分の子供は有名幼稚園に通っているとかで理屈を組み立てるとおかしいと思わざるを得ない。
また、私の母の例で恐縮だが、自分の飼い犬が脱走してよその犬に飛びかかってしまった。しかし母はその犬も以前脱走して飛びかかられたことがある、だからお互い様だと。これは確かにそうかもしれないが、だからと言ってよその犬に飛びかかったことの非がなくなるわけではないことは当たり前の話。
つまり、それとこれとは話が別ということ。感情論だけで複数の異なる事象を混同することは避けたい。
阿久根帝国竹原氏が、違法性の高い専決処分を正当化するために、議会の欠陥をことさらに強調することもこの事例だろう。「議会が悪い」「法律が悪い」=「自分の違法行為が正しい」とはならない。正しくは、議会も悪い(かもしれない)が自分の違法行為はもっと悪いのである。
塾講師をしていた時、先輩の先生がある生徒に対して「人のせいにするなよ」と烈火のごとく叱責していたことを思い出した。中途半端な自己弁護はしないほうがマシなのである。というぐらい、人間として基本的なことであり、甘えることなく自己を律することができるようにしたい。

3.自分に都合のよい情報だけを取捨選択する。(中程度)
自分にとって都合のよい情報、悪い情報が混じっているときに、都合のよいものだけを強調する手法。これも全否定されるものではなく、うまく使えば商売上手になれる。家電量販店が11月末まではエコポイント半減を連呼し、今度は来年1月からより基準が厳しくなり買い替えに限られるからやっぱり今がチャンスと煽るのがその例。「エコポイントが半減しました。11月までに買ったほうがよかったのに。」ではいくら正直でも売り手として商売にならない。
一方、名古屋のリコール騒動では、署名集めの杜撰さがあった一方で、選管が厳しい基準で無効にした署名もあったとされる。このときリコールを支援する団体は、選管がすべて悪いかの如く主張することで自らの落ち度を覆い隠そうという意図が透けて見える。少数ながら署名偽造もあったと言い、これは少数であっても犯罪領域である。自分の失点を棚に上げて、選管の審査基準だけをやり玉に挙げるようでは、「おかしいぞ」と思われてしかるべき。
自分の失点は素直に認める、相手の落ち度は粛々と指摘する。ギブアンドテイク両方があってこそ、相手を動かすことに繋がることを認識しておきたい。

4.自分の主張から逆算して事象をでっちあげる。(重度)
上記3.までの手法をもってしても、例えば相手の無関係な落ち度すら見当たらなくなったらどうするか。ここからが重症領域になる。阿久根帝国竹原氏の例が挙げられる。
自分をリコールする団体は自分の改革を否定している。改革を否定するということは、減税やボーナス半減などの官民格差是正を否定している。ということは公務員・議員の味方で増税・公務員厚遇したいに違いない。ということはリコール団体は利権と癒着している、という具合にでっちあげる。まさに「妄想」の領域。
言うまでもなく、リコール団体が問題にしているのはまさしくそうした中傷行為で自分を正当化する手法であり、リーダーとしての資質のなさを問うているのである。リコール団体は改革はむしろ必要と訴え、議会とも一線を引くとしている。ここを見せたくがないために、事象をでっちあげて虚偽の事実で相手を叩くしか手段がなくなっているのである。
根も葉もない噂を立てることは名誉棄損に他ならない。それを自覚できないのは性格というよりもはや病的要因を疑わざるを得ないほどの重症である。
さらに重症化が進めば、でっちあげた事象の通りにならなければならないと考え、鹿児島県志布志市で発生した選挙違反のでっち上げや、昨今問題となった大阪地検によるフロッピー改竄へとエスカレートしていく。

4項目に整理してみたが、当然ながら「一般的な常識人」であれば心得ているだろうし、こういう行動をとったら社会の中では生活に必要な人間関係を築くことすら危うくなる。周囲とトラブルを起こしているような人を見かけたら、上記パターンにはまっているか考察してみるとよい。まあ、4.は極端にしても2.か3.までは心当たりのある人も多いのではなかろうか。筆者も含めて、このようなパターンに陥らないように戒めておきたい。

テーマ:社会問題 - ジャンル:ニュース

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