日頃考えていることを独自の視点でズバリ本音で斬る!ブログです。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
大震災、「無責任な批判」よりも「責任ある提言」を
110322.jpg
3月11日に発生した東日本大震災。地震だけでなく津波で街・港・田畑が流され壊滅的な災害となってしまい、さらには原発トラブルの問題も抱えるという、極めて厳しい状況に陥った。東日本の海岸が戦争で爆撃を受けたかのような悲惨な姿である。

でも、避難所では自主的にルールを決めて整然と夕食が振る舞われる状況や、ボランティアによる支援、そして全国から多額の義援金が集まるという様子をみると、この苦しい中で懸命に生きそれを助けようという気持ちの素晴らしさに感動を覚えた。さらに海外からも日本へのお見舞いや応援のメッセージをいただくなど、大変ありがたいことである。

一方でこの記事では別の見方をしておきたい。
まず日本人の場合、あるシビアな状況におかれた場合に「力を合わせて」「心を一つに」という良い連帯感で立ち向かっていけるだけの実力を持っている。ところが、これが何カ月・何年という期間に及んだときに「熱しやすく冷めやすい」日本人の悪い特性が出てきて、それがねじ曲った方向に向かうことも懸念される。

被災地では、テレビには映らないだろうが、長引く避難所生活の中で喧嘩の一つや二つあっても何ら不思議ではない。極限ともいえるストレスの中で、無理もないことだろう。
家屋などの被災はしていないものの計画停電や節電を求められている関東地方の方々にとってはどうか。こちらは微妙なところだ。これを機に節電生活に慣れ、生活に工夫をしていくような人もいるだろう。
一方で不自由な生活への不満が政府や東京電力に向かい、政府と東電を悪者にしておけば”鬱憤晴らしでスッキリした”となるという風潮も散見される。しかしこれだけでは、世の中の足を引っ張るだけであり、何の解決にもなっていない。

海外からの温かい支援も、数カ月は続いたとして、そこから完全復興するまで応援し続けてくれるかと言えばそれは期待できないだろう。むしろ、日本がどのように立ち直るのか、立ち直れるのか、世界中からいろんな意味で日本の行方が注目されることになると思われる。
我々はこのような環境の中で、どのようなマインドセットを持てばよいだろうか。

筆者が最も申し上げたいことは「責任ある提言」をしていくことである。
政府や東電の失点に対する批判は免れない面も多々あってしかるべきだが、合わせて現実的・建設的なな提言をしていくことが大事である。

具体的事例を見ていこう。
3時間ごとに一定エリアを停電させる計画停電。連続稼働が必要な工場にとっては死活問題になりかねない。そのときに「計画停電はけしからん。だいたいからして東電が津波対策をきっちりやり、政府の初動対応が正しければこんなことにならなかった。だから強く抗議する!」と、これだけでは何の解決になろうか。でも次のようにすれば一歩でも二歩でも前進する。例えば平日に産業界ごとに休日を設定し、平準化することで計画停電を回避する方向で調整される動きがある。このように自ら手法を考え可能な範囲で調整し、政府や東電を動かしていくことが大事である。

次は無責任な事例。「2週間たっても被災地に来ない」と言っておいて、来たら来たで「何しに来た?たった数十分の視察で何が分かる?」とやっぱり批判。どちらを選択しても批判するのは卑怯者と言うほかない。批判のための批判、無責任な提言なら、一部マスコミによる醜態とレベルは変わらない。政府が視察に来たとしたら、来たからこそ分かる情報を持ち帰ってもらい、次の施策につなげてもらうことがポイントであることを忘れてはならない。「何しに来た?」では文句をぶちまけることが目的となってしまい、もはや政府の支援を頼らないとの覚悟があるときの捨て台詞に近い。
また、「信用ならん。隠している情報を出せ!」と言っておきながら、情報が出たら出たでパニックになり過剰反応で買い占めに走ったり差別的行動に出るのも無責任極まりない。厳に慎むべきである。情報公開を求めるなら、自らも情報を正しく解釈し正しく行動することとセットにしなければならない。

もうひとつ、最後の問題事例は「ないものねだり」。「一度に全てのことをやれ」的な非現実的な要望や、「過去にこうすべきだった」は一理あったとしても今現在もはや意味をなさないことを延々と連ねるような余裕はない。

これまでも地方自治で住民の参画意識について考察をしてきたが、まさしく今こそ、我々が本気で変わるべき時である。被災地と直接関係のない地方にまで影響が広がり、サバイバル戦にもなりうる様相の中で、そもそも政府や自治体の支援をお茶碗叩いて待つだけでは何も解決しない。我々から積極的に動けることを提案し、それにより実現可能な施策を引き出せるように動かしていく、この積み重ねが政府や東電のレベルを上げていくことにもつながっていくし、我々自身にとっても貴重な経験となり一体感も生まれ個々の人生にも活かされる。

無責任・非協力で言いっぱなしではない、そして国や自治体に頼るのでもない、我々自身ができること、動けること、提言できることをしっかり考えて社会や国を動かし変えていくことが大事だ。国や自治体が提案すべき事柄であっても、気付いた我々が提案しても構わないではないか。「責任ある提言」を是非意識、行動するようにしたい。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。