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暴走が止まらなくなった橋下知事(下)
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前回は橋下氏の政治手法について、その根本の問題を考察しました。原点に戻って何が問題かを認識しておかないと、彼の煽った言動に多くの人がフラフラと揺らいでしまうかもしれないと懸念しています。私は大阪市民でも府民でもありませんが、関西圏に住む者として、橋下氏が世の中に与える影響力は実感しますし、それだけに間違った方向に向かうことを見過ごすことはできないのです。

もっとも、「やらされ」で良いんだ、自分も「やらされ」まで追い込まれないとやらないのでこれくらいでよい、と考えて橋下氏を支持するのであれば、それはそれで一つの考え方になるでしょうし、尊重されなければなりません。そこまで考える人の割合が多数なのであれば、筆者もある意味それを受け入れその中で(遺憾ですが他人を不幸に蹴落としてでも)勝ち残る方法を考えるしかないでしょう。

しかし問題なのはそこまでの覚悟をしている人はごく少数と思われ、有権者の約4割は、「なんとなく」支持している層ではないかということです。その背景をもう少し探ってみましょう。

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1.橋下氏の人物像イメージで「なんとなく」
「橋下さんならなんとかしてくれそう」「結構男前やから好きやわー」という感じでしょうか。大阪維新の会が進める区民会議がよい例ではないでしょうか。報道によれば、参加者の大半は政治に関心があるのではなしに、「橋下氏に会えるから」会場に来たという感じで、その内容もさながら橋下氏によるトークショー。こうした意識には、住民自らが政治を動かしていくような考え方はみじんもなく、「流行病」の自覚もなく、口をパクパクさせて”エサ”を待っているだけです。

2.国に逆らうことの美学
首相が1年で次々に変わるなど、国が弱体化してきました。政府の反対のことを言っておけば「そうだそうだ」と言ってもらえるご時世です。震災・原発対応がまずいからと言って、それに負けず劣らずそれ以上に怪しい大学教授の言うことの方が圧倒的に信用されるくらいです。世の中に閉そく感が漂っている中で、国などの権力に逆らうこと、何でもよいから大胆に変えてしまうことが美学という風潮さえあります。これらの背景から、国政の既存勢力とは異なる地方初の独自色の強い地域政党が力を持ってきているのです。例えれば、戦国大名が日本転覆を狙って準備を進めている状況とでも言えましょう。
一方、こうなってしまったのには腐敗した既存政治勢力という面も当然あります。有権者の多くはもはや、改革のあるべき姿を知らない状況にあるのです。だから、改革改革と叫んでおけば、現状を打破して何かしらバラ色の将来につながると錯覚してしまうのです。既存政党には不信の目で見られていることを自覚したうえで、信頼回復のためにも「これこそが改革」というものを出していただく必要があります。
もちろん、あるべき改革が行われ理想とする世の中へのベクトルが一致するならば、筆者としては劇的な変化は大いに歓迎ですし、国の体制が変わってもかまいません。しかし現状は、もやもやとした不満があるから、単にその逆のことを言っているだけにしか見えないのです。こういう世の中だからこそ、地に足をつけてよりよい姿とは何か真剣に考えていくべきです。それが遠回りに見えて解決への近道になり、それを実行することが真の改革になるはずです。

3.政治の娯楽化
ここ20年くらいで政治が頻繁にワイドショーなどで取り上げられ、政治がショー化、劇場化、娯楽化してきました。自分たちの暮らしにかかわることが決められるにも関わらず、それはまるで人事です。この状況下では、粛々と政治が行われることは仮に内容が良くても評価されません。むしろ、混乱し次々と面白い出来事が起こる方が支持されてしまうのです。そして、善し悪しではなく、「スカッ」とする施策を求めるのです。
橋下氏はその意味で、平松市長や関電との非建設的なバトル等でネタを作り、住民の意見を代弁とばかりにスッキリさせてくれます。しかしそのスッキリ気分爽快で何が変わるのかをしっかり見ていくと、特に最近の内容は中身に乏しく、周囲との対決そのものが無駄に見えてくるはずです。昨年までならば、半分でも中身が伴っていたように感じます。

4.上記事象が高じて、盲信的信者に
これは少数派かもしれませんが、人を信じ切ってしまうと、ともすれば本人が一言も言ってないことをさもやるかのごとく勝手に解釈し、それが支持理由になってしまうというものです。ネット右翼の中には「在日や生活保護の連中を排除してくれるなら」とか言っていますが、橋下氏は一言も言ってません。色眼鏡で見ることにより、ありもしない施策が登場し、さぞかしやってくれるかのごとく思いこんでしまうのです。
多少の想像は全否定するものではありませんが、思い込み一点集中で判断し欠点・デメリットに目をつむることに繋がってしまうと、これは大いに問題です。「恋は盲目」という表現が当てはまるかと思います。多数派ではないかもしれませんが、本当にあり得る話です。
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上記のことを考察しましたが、それらの軽い考え方で支持したり投票先を決めるのは、次こそは後がないと考えなければなりません。前回書きましたように、大阪の政治のみならず、世の中のあり方(日本全体)を決めうる選挙です。大阪以外の人も他人事と単に煽ることはすべきではありません。「やって失敗した方がマシ」「やりすぎた分は後で軌道修正すればよい」などと安易な考え方も禁物です。失敗したら取り返しがつかないほどの傷になると認識すべきです。
幸か不幸か、その手法の異常さはすでに顕在化しており、それになんとなく気づいている人も多いと思います。おかしいと思うなら今こそ止めるべきです。是認されればこの程度で済むとは思えません。法律の範囲という制約条件があるからこそこの程度で済んでいるのです。もし権力拡大で憲法や法律による縛りがなくなれば、もっと強権的な手段に出ていることでしょう。そうでなくても今回の選挙で是とされれば、手法はより一層先鋭化し、混乱に拍車がかかるのは目に見えています。
「なんとなく」選んだ有権者がその結果に責任は持てないでしょう。

違法行為是認者の竹原阿久根前市長、財源なき減税を民意だと主張する論理破綻が明白な河村名古屋市長よりかは多少レベルとして上であることは認めます。しかし、このままでは「合法的独裁帝国」が完成し、半数の住民が不幸に感じるというリスクを改めて指摘させてください。そして橋下氏は竹原氏を「心から尊敬する」と言ってはばからなかったことを認識したうえで、しっかり考えて投票いただくことを切に願い、この記事をひとまず締めくくりたいと思います。

テーマ:地方自治 - ジャンル:政治・経済

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