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Part2 ミノルタの眠りは長かった
ミノルタが世に送り出した最初のデジカメは1995年のRD-175に遡ります。カシオのQV-10が大ヒットしたのと同じ年です。QV-10の大ヒットを機に、光学メーカーや家電メーカーが相次いでデジカメ市場に参入しました。

ミノルタもその中で機種が全く途絶えていたわけではありません。1997年には着脱式レンズが特徴のDimage Vを発売、1998年末にはDimage EXを発売しました。しかし、あまりにも細い線でつながっていたとしか言いようがありません。1999年にはデジ一眼Dimage RD3000を発売、しかし大多数のユーザが持っているαマウントではなく、APSサイズ対応でαと互換性のないVマウントでした。

そして、「デジカメは業務用でしか普及しない」と判断し、2000年までは銀塩カメラに開発の重点を置きました。銀塩コンパクトタイプではVECTIS2000、VECTIS3000を発売、そして銀塩一眼レフの名機α-7を2000年9月に発売しました。この間、デジカメは200万画素単焦点のDimage2300、3倍ズームのDimage2330を発売したのみ。ミノルタがデジカメに対してあからさまに「手を抜いていた」期間であり、当時の国内シェアはゼロに等しかったと言います。

この頃、2000年にはキヤノンのIXY DIGITALやソニーのサイバーショットP1が大ヒット作に。既に市場がデジカメへと大きく変わろうとしていました。Kochanも2000年末に富士フィルムのFinePix2500Zを購入しました。デジカメは、私のように今まで写真やカメラに興味がなかった人にもどんどん普及し始めたのです。

こうした予測の誤りが、結局後々まで響いてしまったのは間違いありません。

ミノルタがようやくデジカメ本格参入を発表したのは2001年5月のこと。当時としてはコンシューマ向け初の500万画素機となるDiMAGE 7、姉妹機DiMAGE 5、コンパクトタイプDiMAGE S304、E201の4機種を同時発表したのです。この中でDiMAGE 7は大いに注目を集め、雑誌のレビュー記事にも大きく取り上げられました。そのときのレビューアーの最初の言葉が「ミノルタの眠りは長かった」だったという皮肉でした。今までいったい何やとったんや!と言う気持ちを誌面上で少しでもぶつけたかったのでしょう。

テーマ:デジカメ - ジャンル:写真

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QV-10QV-10はカシオ計算機が1994年11月14日に発表した民生向けのデジタルカメラである。発売開始は1995年3月10日より。従来のアナログ記録方式である電子スチルビデオカメラとは異なり、液晶|液晶パネルを搭載してパソコンとの接続性を重視するなど、「撮ったその場で見られ
2007/10/02(火) 12:03:31 | カメラっていいね
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