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阿久根「竹原帝国」6
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6月に入り卑劣さを極めている竹原氏の言動、それはこのブログでも再三取り上げているように法律を故意に(うっかりではない)侵害し、司法判断をも無視する反社会的な犯罪行為に他ならない。
改めて竹原氏の何が問題なのかを明確にし、私たちのすべきことを考えることにする。

1.環境が許せば殺人も厭わない発想
竹原氏の数々の法律違反は、選挙中のブログ更新による公職選挙法違反。懲戒免職を裁判所が無効と判断した後も給与を支払わず復職を認めていない、労働基準法違反、地方自治法違反さらには司法判断無視。それも過失ではなく故意に違反しているので悪質さが際立つ。
議会を無視し勝手に日当制に移行するなどの専決処分を乱発した。一部の公務員叩きに溜飲を下げる人間は「地方の赤字財政を立て直すにはこれくらいやらないと…」などと擁護するが、まず前提として赤字と言う認識は間違っている。阿久根は前市長時代から黒字運営されている。つまり、彼の目的は議員と職員を叩いて奴隷化することであり、これを”市民のため”と妄想の域に達しているのである。証拠に、議員日当制と同じくして固定資産税の税率を下げる専決処分を下して1億円以上の減収としている。財政が困窮するならこんなことしている余裕などない。
また、市長自身の給与水準にメスを入れていないのではイジメと受け取られても仕方がない。

挙句、そのためには「私は大儀のため、環境が許せば顔色ひとつ変えずに目の前の相手の首を切り落とす事も平気で出来る」とブログで書いており、つまりはお縄になるかならないかのギリギリで残るために渋々殺人を我慢しているという、とんでもない恐ろしい発想である。彼の支持者、いや信者も「たとえ投獄されようと一歩も引かない考えと精神力」と崇めたてまつっている。
なぜ、こんな人間が逮捕もされず、リコールに望みを託すしか手がないのかさっぱり理解できない。取り締まれないなら重大な法律欠陥である。

もし百歩譲って、いや100兆歩譲って竹原氏の手法を是としても、それは日本国の一市長としてすべきではない。法律を守らない者は法律による権利もなくて然るべきである。犯罪者集団に支払われる交付金、国のお金で行う公共事業等、すべて辞退してもらいたい。そして阿久根帝国として自立し、住民が納得しているのであれば認められることもありえよう。が、法律のおかげでたどりついた市長の座にしがみつくわ、国や県からの交付金はがっぷり受け取っておいて一方で法律にあっかんべーをする姿勢では、ただの我がまま自分勝手なご都合主義に他ならない。

2.最悪で無能な手法
竹原氏信者には「竹原さんの改革を邪魔する法律が悪い」などとと言う者もいる。が、こんな発想そのものが地方をダメにしてきたことに気付くべきである。
もし自分のやろうとしていることに法律の壁がある場合、
A.我慢して法律の範囲内でできることを行う。
B.法律を変えていけるように啓蒙活動を行いながら国への要望を出していく。
C.法律が悪いということにして無視する。
のうち竹原氏はまぎれもなくCの手法をとっているが、一番楽で手っ取り早い半面、最悪で無能な手法である。正当な手段で周りを巻き込むBの手法を行う人が最も有能であることは言うまでもない。Aの手法に留めることが多い中で、Bまで踏み込めることこそ勇気がある大胆な行動であり、継続的な発展ができる手段なのである。「民間では…」などと言って竹原氏擁護の論拠とする人がいるが、民間企業が必要としているのはBのような人材であり、竹原氏が行うCのようなただの能なし人間は最も要らないし、Cは反社会的な暴走でありコンプライアンスのこの時代に変なリスクを背負うだけになる。

3.論点のすり替えにだまされるな
竹原氏はしばしば論点のすり替えで目くらましをする。例えば裁判に負ければ裁判官は高給取りと批判する。仮に高給取りで悪かったとして、だから裁判所の判断に従わなくて良い理由にはなりえない。こんな当たり前のことさえ理解していない。
それだけでない。逆に竹原氏が裁判に勝った例も1回だけあり、その時は自分の道理が通ったとだけ述べている。高給取りで公務員の味方であると批判したはずの裁判官が、自分の味方になった時はそれが当然、ちゃんちゃんおしまいという具合である。余計にたちが悪い。
それにしてもレベルの低い人は、自分を正当化するために相手の無関係な弱点を引っ張り出すことを多用する傾向がある。が、同じくレベルの低い信者には通用してしまうのも根が深い問題だ。

4.みんながおかしいと声をあげよう
竹原氏の市長リコールに向けての準備が始まり、また鹿児島県知事に呼び出しをくらい、一方で職員の9割から法令順守を求める上申書を提出されている。しかし竹原包囲網はまだまだ足りない。
まずは公平委員会の降格取り消し判断に従わなかった地方自治法違反は最高が懲役1年なのだから、警察はさっさと逮捕して実刑にしてもらいたい。なぜこれができないのか。そもそも違反を想定しておらず逮捕の前例がないため、躊躇しているとしか思えない。
次に一番重要なのが住民である。リコールへの準備が進められ説明会も開かれると言うが、住民の「おかしい」と言う声をもっと聞かせてほしい。そうでないとニュースを読んだ人の中に「住民は未だに竹原氏を支持している。住民も愚かだ。」と受け取ってしまう人がいるかもしれない。また、竹原氏やその信者は住民にリコール運動が起きても、対自治労、対公務員との戦いにすり替えて”住民のために”リコールを阻止する狙いがある。
そんな余地をなくすためにも、総務省や首相に”直訴”するぐらいの行動を起こし、戦う姿勢を外部へもアピールしてもらいたい。私が竹原氏の支持者のことを「犯罪者応援集団」と表現したことがあるが、阿久根住民の意思は「犯罪者撲滅集団」に変わったんだと訴えてほしい。
そして周辺自治体も他人事とは思わず、竹原氏リコールに動く阿久根住民を後方支援してほしい。
また、改革者として取りざたされ同列扱いされがちな橋下大阪府知事や河村名古屋市長からも「こちらは法律を守っているのに同じ改革者と言われるのは迷惑している」と明確な批判をお願いしたい。
そして、我々国民一人一人としても阿久根のことだからと看過できることではない。この反社会的犯罪者に多額の交付金と言う形で今も我々の税金が投入されていることを忘れてはならない。竹原氏の手法をおかしいと思うブログ読者の皆さん、同じ気持ちでブログを書いておられる方々、ともに声を上げ、形にしていきましょう。

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阿久根「竹原帝国」5
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竹原氏と信者議員による愚かな行為の数々。それにまともな抵抗ができない反竹原派と市民。阿久根「竹原帝国」のストーリーに脚色を加えたら、コメディ映画にでもなるのではないかと思えるくらいである。

最新の情報をもとに、阿久根を市として正常化するためにはどうしたらよいのか、今回はいくつかシナリオを考察してみたい。

●論点を絞って”分かりやすく”対抗する 
 前回の記事でも触れたように、あまりに問題が多すぎて論点がぼやけてしまうところがあり、下手すると何でもかんでも批判する状態に陥りやすい。それくらい竹原氏の行動は全て非常識まみれなのは確かであるが、全て揚げ足を取っていくと、反竹原派の主張がただの妨害勢力に映ってしまう懸念があり、こうなると本末転倒である。

 そこで、以下の2点に絞って攻めることをお勧めする。
1.法律違反、司法無視は社会全体を敵に回し、何ら得にならない。
 コンプライアンス違反した企業は、違反したことに対する罰金や処理にかかる費用よりも、むしろイメージダウンが響いて業績が悪化し、存続が危ぶまれるのは、ここ近年の様子を見れば明らかだろう。阿久根も既に「阿久根産」と書いた野菜が売れないなど”風評被害”が出始めている状態で、竹原氏の改革と称した悪質な言動が阿久根のイメージを著しく悪化させている。犯罪者応援集団になるということは、社会全体を敵に回すことを自覚すべきである。

2.阿久根はどうなりたいのかビジョンを明確にする。
 竹原氏は「公民格差」を是正するために、公務員の年収を民間並みに下げることを提唱しており、(短絡的な思考の)住民の多くが溜飲を下げている。
 が、仮に実現したとして、阿久根はどうなると思っているのだろうか。「みんな苦しいねえ。でももう叩く人はいないよねえ。みんなで苦しんで心中だねえ。」で終わってしまうのではないか。それに対して、苦労の底辺を共有することを是とする竹原氏は何かしら解を持ち、動こうとしているのか。
 仮に、阿久根の職員給与を全部タダにして、市民に分け与えたとしても、微々たる所得向上にしかならず、苦しいとされる生活や疲弊した状況を改善することにはならない。阿久根の問題はここで、どうなりたいのか、まずビジョンを明確にして住民と共有化すること、これが竹原氏の持っていない一歩進んだ考え方となろう。

 それ以外の資質がないだのどうのこうのは言いたいのはヤマヤマだが、最小限にとどめ、上記2点を明確に打ち出すことを優先したい。これができる人を早く選出し、一致団結することが重要だ。逆に、批判勢力が枝分かれして、結果竹原氏が漁夫の利を得ることになれば最悪である。

●住民はとにかく早く意思表示をする
 反竹原派議員は住民リコールを期待して手詰まりを起こしているのが現状である。しかしリコールには大きな壁があり、まず竹原氏が当選した1年後の5月末までリコールできない制約があること、その後は参院選60日以内は署名集めできない制約があり、参院選後にリコールしたとしても署名の審査期間が数カ月必要で、さらにはリコール後も住民投票を経てようやく失職となる。リコール頼みでは今年いっぱい、竹原氏の暴走が野放しになるストーリーが成り立つ。

 竹原氏のリコールができなくとも、住民のできることはたくさんあるはずだ。
1.上記論点2点について、竹原氏の姿勢を正す。
 法律遵守とビジョンの明確化は、竹原氏の考えを全否定することにはならない。そしてこの2点が善処されれば、阿久根は”帝国”ではなく”市”となり、支援者も犯罪者応援集団ではなくなる。
 逆にここで竹原氏が聞かぬ存ぜぬということなら、さすがに見切りをつけるべきである。

2.住民のNOの意思をとにかく示す
 徳之島のような集会でも良いし、そもそも市長のリコールにこだわらなくとも、犯罪者応援集団の”市長派”市議をさっさとリコールに追い込むことはできるのではないか。市議のリコールだけでは無力かもしれないが、市長リコールの予告としては十分すぎる迫力であり、こうなると竹原氏も無視を続けるわけにもいかないだろう。

3.外部の力を借りる
 住民が「帝国」内だけで訴えただけではまだ不安なので、外部の力を借りることも併用したい。是正指導に及び腰な鹿児島県知事や、総務大臣に住民が直接面会し、支援を要請するのである。当然マスコミが取り上げ、全国的な注目も高まる。イメージダウンの懸念はあるが、住民が動いたということは社会全体からは一定の評価を期待できる。
 また、竹原氏攻略への道について、識者に、私がここに書いているような道筋をアドバイスしてもらうのも有用な方法だ。どのような論理展開で、どのような手段を使うことが効果的か、研究する方がよい。このように、内から外から両面で攻めていくことが必要だ。

4.犯罪者応援集団に加担しない
 これをもってしても埒があかないなら、まともな神経を持った住民は最終手段として、阿久根を脱出するしかない。犯罪者応援集団の阿久根帝国になぜ税金を払う必要があろうか。阿久根で物を買うことも含めて、犯罪者に加担することに等しい。残っても何のメリットもない阿久根を捨てて引っ越すべきである。事情で阿久根を離れられない人も、住民票を隣接市町村の親戚に移すことをお勧めする。まだ引っ越しが認められるうちに…。
 隣接市町村の住民は、阿久根で買い物をしない、企業と取引をしない。するとしても竹原氏を支持しないと表明したところに限るくらいの毅然とした対応が必要だ。

●さもなくば…
 これらができないなら、もはや阿久根は統治能力が完全に失われている。となれば、今ホットな話題の米軍基地を阿久根に置いてしまうことがいろんな意味で良いだろう。だってあれほどトンデモ犯罪市長に対して無策なのだから、基地移転に対して大した反対もできまい。快く受け入れれば、地元の疲弊した産業は潤い、雇用も創出される。立地を見ても沖縄より(抑止力の観点で)最適な場所ではないか。沖縄・徳之島の住民から感謝され、とりわけ鳩山首相から感謝感激雨あられ間違いなしである。冗談抜きで検討に値する。

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阿久根「竹原帝国」4
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 前回の記事以降、さらに混乱を極めている阿久根帝国。

 あまりに問題が多すぎて私が語り始めたら1冊本が書けそうなくらいですが、数々の問題となる言動を3段階に整理すると、次のように大別されます。
1.自分にとって都合の悪い法律を守らない(遵法意識ゼロ)、司法判断無視
 ・法律違反して議会の出席拒否、給与支払い拒否し差し押さえられる。
2.首長としてのスキル不足
 ・能力を高めることがリーダーの仕事なのに、不要なものは排除する考え方しかない。
 ・具体的な考え方やあるべき方向を議論することなく、相手の批判ばかりに終始する。
3.個人・社会人としてのモラルの問題
 ・記者にアッカンベーをする。「お仕置き」と称した子供じみた挑発行為等。

 2.と3.も十分にあり得ない行為であり、到底受け入れられるものではありません。阿久根の常識は全国の非常識です。他のマトモな自治体では間違いなくレッドカードです。しかし、100万歩譲ってその是非は住民が決めることとして良いでしょう。
 ですが、1.の法律違反は部外者と言えども見過ごせない問題です。2.3.は屁理屈でごまかしたとして、最低限1.に絞ってでも徹底的に改善させるべきです。そのためには、住民が立ち上がるべきこともさることながら、国や県が知らぬ存ぜぬでノータッチでは困ります。遵法意識がない自治体には交付金を支給しないとくぎを刺し、総務省に呼びつけて厳重注意くらいあってしかるべきです。

 今は阿久根だけで起きている問題だから、大問題にはなっていません。しかしこんなやり方で法律違反や司法無視が全国各地で繰り広げられたら、いかがなりましょう。阿久根だけの問題として放置したがゆえに、10年後に知らず知らずインフルエンザのごとく全国に蔓延していたなんてことが起こると、長年の歴史の犠牲の上に培ってきた法治国家があっけなく崩壊します。その結果何が生まれるかと言えば、上のものが自己中心的な指示を出しても逆らえない、そして競争を禁止され苦労の底辺を共有するだけの独裁国家となりましょう。

 このブログでは、12月に初めて本件を取りあげたときから、コンプライアンスのカテゴリーとして扱っています。もし一企業での出来事だったとして、いかに革新的で世の中に役立つものを提供する企業であっても、法律を勝手に破ることは許されません。コンプライアンスを軽視した会社は、結果マスコミの批判報道でイメージを悪くし、コンプライアンスに泣くことになります。マスコミの偏向報道がどうのこうの言ってますが、もちろんそうした面も否定できませんが、法律違反している者を好意的にも中立的にも書くことは絶対ありえません。つまり、法律違反した以上は、それが意図的でなくても、ましてや故意なら尚更、マスコミによるバッシングは当然のリスク要因として覚悟しておくべきなのです。

 そしてもう一つ気になったことがあります。今まで、いくら竹原氏の支持者と言えども、違法行為については疑問を抱いていると思っていました。しかし、14日に行われた市民懇談会では、「市長を困らせる法律が悪い」というトンデモ発言が公然と飛び出しました。ここまで行くと支持者でも何でもなく、”教祖”がいかなることをしても崇めたてまつる”信者”の領域です。いいものは良い、悪いものは悪いと言えてこそ支持者ですから。

 もちろん阿久根のごく一部の人たちの間でしか通用しない常識ではありましょう。和歌山でも獄中から市議に立候補して当選したというあり得ない話がありました。しかし和歌山の件はおかしいながらも法律で認められた範囲内のことです。
 市長にとって都合の悪い法律は守らなくてよい、市民の支持さえ得られれば何をしても良いという考えがまかり通るのであれば、いかなる理由をもってしても、さしずめ犯罪者集団もしくは犯罪者応援集団です。
 竹原氏の手法に対し、公務員批判と言うだけで溜飲を下げる者も一定数はいるでしょうが、大多数の人に白い目で見られる分は間違いなく圧倒的にマイナスです。竹原氏曰く”いくさ”ですが、世間やマスコミを敵に回して一体何ができるのでしょうか。そんな恐ろしいことをせずとも、法律の範囲内で十分改革はできると私は確信します。他の改革を謳う首長との決定的な違いはここにあります。

 まずは法律の範囲内での改革とし正常化すれば、おのずとマスコミの関心も薄れ、結果として事がスムースに運ぶのに…と思わずにはいられません。遵法意識を持ち、司法判断を尊重すれば、まずは阿久根「竹原帝国」は鹿児島県阿久根市に戻ったと言ってよいでしょう。ここに焦点を絞り、住民によるリコールも辞さない改善活動、そして外部からの是正指導を本格化してもらいたいと思います。阿久根の正常化に向けて立ち上がる住民には私もエールを送ります。

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阿久根「竹原帝国」3
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竹原氏を支持する人の弁をニュースなどでいろいろ見てきたが、「公務員改革が進んでいる」などと表面的に評価しただけのものが多い。首長としてあるべき姿、そして何よりも竹原市が目指す世界観を理解し腹に落として支持する人は皆無と言ってよい。我々が人を見る目を養い、レベルを上げていくことも必要だ。

その意味で今回は、竹原氏のどのような言動がどのように問題なのかを、1~2月のブログを通し、具体的に分析していくことにする。ブログ「竹原至上主義」じゃなかった、「住民至上主義」では課長会の訓示や防災放送の内容などオフィシャルなものから私見までを、良くも悪くも全部公開しているので、人となりを見るのに適しているのである。

1.気に入らなければ切り捨てる
「能力の低い職員は処分を検討する」とあるが、悪いものを削除するのがリーダーの仕事ではなく、悪いものを良いものに変えていくのがあるべき姿だ。
消防出初式で敬礼時にそっぽを向いていた職員がいたとして、「腐った根性は直さなくてもよろしい。性根は変わらないものとして取り扱わせていただきます」と皮肉っている。この程度で腹を立てるのは大人げないというのは置いといたとして、性根が悪いと思うなら性根を変えて見せるべきところ、さじを投げるとはこの時点で首長失格に値する。気に入らない職員は切り捨てたところで解決にならないのは言うまでもない。そのうち「そして誰もいなくなった」という裸の王様になる。
「高度医療が障害者を生き残らせている」という問題の内容も、講演で述べた「枯れ枝を刈る」も、世の中に不要なものは切り捨てるという発想から来ている。

2.人の心を平気で傷つける
街宣車が騒音を発し、批判内容に嘘があるとして、右翼団体の構成員を「大半が在日、同和」と記述しているが、例えば在日韓国・朝鮮人の中で真面目に暮らしている人に対して失礼極まりない。首長だけでなく社会人失格である。団体が批判している内容の中で当てはまらないことについては反論し、騒音という手段では市民や職員にも迷惑がかかるということは言っても良いだろうが、「日本の経済、外交、政治は同和と在日に乗っ取られているのかもしれない」とまで根拠なく書くのは論外。
自分の言動で受け手がどう思うのか考えて行動することは人間の基本である。”毒舌”は人を楽しませる分には有益に作用するが、受け手が傷つけばただの暴言に変わる。嫌な思いをする応酬ばかりを繰り返しては、悲しい思いをする人が増えるだけで、良い世の中が生み出されないというのが先人達が得た教訓であり、今日が存在する。正義のためなら人を傷つけてもかまわない、それを指摘するのは言葉狩りでタブー視するのは誤りとするのは、自己中心的にも程がある。

3.自分に都合のよいマスコミとの接し方
自分に都合の悪い新聞社の取材を一切拒否している。確かにマスコミは真実を報道せず歪曲して伝えることがあるので、もしそのようなことがあれば毅然として誤りを正せばよい。それを通してマスコミに正しい報道をさせ、上手に利用することもできるのだが、竹原氏はこの努力を怠り排除しただけである。これでは何ら問題の解決になっていない。
一方、自身が推し進めるヨコミネ式教育の考えを浸透させるため、教育の内容を取り上げた「エチカの鏡」を視聴するよう、ご丁寧に防災無線まで使って住民に宣伝している。自分の都合に悪いものは徹底排除、都合のよいものだけメディアを利用するとは、まさしく「阿久根竹原帝国」による情報統制である。
明らかな間違いは毅然と正しつつ、自分が本当に反省すべきは反省し次に生かす。マスコミとの距離の取り方を勉強すべきだ。
ただ一つ言わしてもらうと、いくらマスコミが偏向報道であると批判しても、自分のブログに書いている内容はごまかしがきかないのだが…。

4.格言や名言集の良いとこどり
竹原氏を批判するブログなどに目を通すと、「宗教の良いとこどり」みたいな書かれ方をしているのを目にする。言い換えれば、何か深く信心しているのかと思えばそうではない、格言や偉人の名言集を自分の都合のよいときだけ引用するのである。難解な言葉を交えてずらずらと書くものだから、多くの人はここで「良いこと言うじゃないか」と錯覚に陥る。戦時中、戦意高揚のためむやみに難解な漢字を多用したのと同様である。
ガンジーの名言集を引用し、「たとえあなたが少数派であろうとも、真実は真実なのです。」と書いている。これは竹原氏の周囲が敵であっても、”真実”は竹原氏であり正しいことの一つの裏付けになることを狙いとしていると推察される。

5.「だから何なの」がすっぽり抜け落ちる
これもリーダー、首長として適性に欠ける。うじゃうじゃとウンチクを並べたとしても「だからどうすればよいのか」「結局何が言いたいのか」分からない。だからこそ、その内容が誤解を招き、波紋を呼ぶ。そして支持派と反対派がお互いに”想像”で真意を解釈して、不毛な議論が展開されているのである。
課長会の訓示で「次の世代をより良い社会を作ることを本当の努力と言うべきだと思うんです」と述べ、そのためには「社会の中で私たちが評価される存在である必要はない」と訓示を締めている。良いこと言うじゃないかと思った人はもう少しスキルを上げていただきたい。
結局だからどうしたら良いのか、何をどう変えたらよいのか、さっぱり伝わってこなかったというのが聞いていた人の感想ではないか。
職員の給与を全部公開して、給与水準が異常に高いことを知らしめる。この問題提起は良いことかもしれないが、「公務員の給与水準はどうあることが妥当なのか」という肝心なビジョンが見えない。昨年末には、定期昇給が突然凍結された。年収700万以上の職員はそれで仕方ないかもしれない。しかし、これから能力がぐんと向上してどんどん給与水準が上がっていくべき若手の給与まで据え置かれた。これが第1弾の施策と位置付ければ、「苦労の底辺を共有する」と一貫して持論を述べているだけに、将来的には食うや食わずまで下げられて退職金はなしも同然ということもあり得る。そんな心配をしなくて済むためにも、給与水準がどうあるべきかの議論をきっちりして、納得性を高めたうえで体系整備していくべきである。
これは非常に大事なことで、これが不明瞭だと、「次に何の施策をするか戦々恐々」となる中で職員のモチベーションが下がり、良い結果をもたらさない”二次災害”にまで発展し、またそれを能力がないとして切り捨てる悪循環に陥る。

6.論理展開に無理が生じる
同じく課長会の訓示、「仕事が社会のためにならないと考える場合は連絡したり、相談したりしなければならない。それをしないで進めることは社会に対する背任、背信行為だと思います」と最初に述べた。これ自体は素晴らしい内容である。本当にそうなら、この続きは「だから、皆さんが日ごろおかしいと感じることは、上長や私に相談してください。そうやっておかしいところを少しずつでも変えていきましょう」と展開するのが自然であり、これなら良い方向に変わっていけることが期待できる。
しかし、竹原氏の訓示の続きは「それはどういう健全さかと言うと、言い訳が出来る組織ということではないですよ」「今までの前例に従ってすることが為にならんとするならば、そこを変えなければいけない」である。
これはつまり竹原氏が推し進める施策に対して異議を唱えることは”言い訳”であることを意味し、最初に書いた連絡・相談の推奨と相反する展開である。このように、どこかの名言集の良いとこどりをすると、論理展開に無理が生じる。我々は表面的な内容だけで納得せず、ここを見逃してはならない。

7.自分の行いを悪く言われて結構と開き直る
週刊スパに掲載されたというひろゆき氏との対談。化学反応とか大げさなこと書いているが、内容はひろゆき氏が竹原氏にインタビューする形式になっている。終わりにひろゆき氏の感想として「偽悪的なところがもったいない」と指摘している。自分が悪者になってでも世の中を改革すると意気込むのは良いが、それがかえって逆効果になり物事が前に進まないことを懸念しているのである。まあ、竹原氏自身がブログで取り上げる週刊スパだから、記事の最後には「改革に期待します」という言葉で結ばれてはいたが…。
そして、その最たるものが竹原氏執筆による本の出版である。本の出版が問題ではなくて、その題名に驚くことなかれ。その名もなんと「独裁者」。すなわち、「世の中を変えるには、独裁者と呼ばれて大いに結構」という具合である。

まとめとして最後に捨て台詞で終わりたいところだが、あきれ果てて言葉も出ないわ。そこを何とかひねり出すと、この有様で少数でも支持者がいる時点で世も末かなと。

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阿久根「竹原帝国」2
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前回の記事で竹原氏について、「目指す方向性は合ってるかもしれない」と書いた。これは、竹原氏の考えていることが今一つ分からない段階で評価することは難しいと考えたためだ。しかし今回は、その目指す方向性をも非現実的と評するしかないと考える。と言うのも、ブログを読めば読むほど、そのおかしな世界は妄想の中で展開されているのである。

改めて、市長としてあるべき姿とは何かを述べると、この場合は阿久根と言う市が住みよくするように考え、リーダーとして周りを巻き込み行動すること、逆に言えばそれだけのことである。何の難しいことでもない。

ところが新年早々、”ありがたい”お言葉が…。「私がこの革命に取り組むのは職員や市民の皆さんに楽をさせるためではありません。金儲けができる面白い人生を差し上げる為でもありません。次の世代、そしてその次の世代を支えあい、慈しみあうものにするためです。」
職員はまだしも、市民に楽をさせるためではないとはどういうことか。首をかしげた。

その考え方を少しだけ具体化したのが、1月5日の成人式式辞としてアップされた記事である。
「競争をやめ、私たちが進んで底辺の苦労を共有するようになれば、競争の勝ち負けに関係なく幸福感と安心感で満たされる社会を作ることが出来ます。」「進んで苦労を引き受ける皆さんに期待します。」
成人式としては”ありえない”、夢も希望もないお言葉であるが、まあさすがに成人式と言うことで、ここまで踏み込んで”持論”を解説したとも言える。

つまり、人々が競争するから勝者と敗者が生み出され、結果として不幸な人を生み出す。だから競争をやめて、川の流れに乗るがごとくなすがままの人生にして、苦労の底辺を皆で共有するようになれば、競争に巻き込まれることなく幸せになれる、満足感を得られると言う。そしてそのための革命であり血も涙も伴うと言う。

私はこの考え方が全て間違っているとは思わない。一つの考え方としてはあり得るとさえ思う。しかし、今現在世界が一体となって動いている世の中で、これを実現しようとするなら、阿久根だけでは到底できる話ではなく、世界征服でもしないと無理なのは明らか。仮に世界征服せずに実現しようとするなら、1000年以上前に戻らねばならないだろう。要するに目指す方向と現実との間であまりに乖離が大きすぎるのである。もし仮にこれを本当に目指すとしても、今の枠組みの中で定められたステップをまずはいくつも踏んでいかなければならないのだが、それに向けた、理解を得る努力をしないから、法をも無視し世間を敵に回すことになる。

ところで、この考え方に一貫性があればの話だが、最近問題になった障害者差別や職員いじめの理由がうまい具合に当てはまってくるのである。つまり、川の流れに身を任せる生き方を理想としているのに、高度医療で無理やり生きるとはどういうことか。苦労の底辺を共有すべきなのに、職員の厚遇は許せない、と言うわけである。

すなわち、数々の”ありえない事件”は、竹原氏が目指す独自の世界観を僅か1ステップで実現し、加えて受け手の気持ちを考慮せずに自分のことだけ考えて表に出すから、問題となるのである。しかもそれを止めたり制限をかけるものを封殺した状態にあるのだから、前回「竹原帝国とでも名前を変えてもらいたい」と書いたが、実は竹原帝国は阿久根限定で既に成立してしまっていると言えよう。だから私は「阿久根市」とは認めない。

竹原氏は2度の市長選でいずれも僅差で勝利した。間違いのなれ果てとはこのことかもしれないが、法律のもとに誕生した市長が法律をひっくり返し、「自分のすることが世間で標準になる」と選挙中のブログ更新についてもこのように豪語しているのである。人々を苦労の底辺で統一するために革命を起こすという竹原氏が、どこまで”ありえない”ことが続けられるのか、あるいはどこかで決定的な失敗をするのか、まだ他人事で済むから落ち着いて興味を持って見ていられる。しかし阿久根の方々は大変なことだろう。住民はどのように感じておられるのか、市長の目指す世界観を理解しておられるのか、それを理解したうえで支持しているのか、それが分かって後の祭りとなっているのか、非常に気になっているところである。

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阿久根「竹原帝国」
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鹿児島県阿久根”市”、ではもはやない。「竹原帝国」とでも名前を変えてもらいたい。

なぜか。まずは首長が法律に従う必要がないと宣言し、司法に”挑戦”しているからだ。自分の信念を貫くためなら、裁判所の決定に従う必要もなく、そもそも市長と裁判所は対等なのだそうだ。マスコミ曰く持論、ってただの屁理屈だが、そんなに治外法権を認めてもらいたいなら、阿久根を日本から切り離し、国外での出来事としてやってもらいたい。

高度医療が障害者を生き残らせているとブログ「住民至上主義」に記述して問題となった。竹原氏の真意に理解を示す人もいるし、その是非を世に問うことはありえるかもしれない。が、一方で、行政を司る市長の発言として、その当事者は傷ついたことも事実。つまり配慮がなかったことについては、素直に謝罪すべきだった。「謝罪=自分の考えが全否定される」として謝罪を拒否したとは全肯定・全否定思考の最たるもので、言い換えれば、自分の信条のためなら傷つく人がいても構わない、傷つく方がおかしいと主張していると受け取られかねない、まったくありえない、非常識な対応なのである。記述内容よりもよっぽどかこちらの対応の方が問題である。
ブログの記述内容を仮に是としたとしても、「記述内容で傷ついた人がおられたのは不徳の致すところ。配慮が足りず誤解を招いた点はお詫びする。言いたかったことは○○であるが、これからは様々な立場の方に留意して書くようにする。」とおっしゃれば、こんな大騒ぎにはならなかった。

12月29日のブログでも致命的な考え違いをなさっている。
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一月一日の定期昇給を停止する。(ゼロパーセントの昇給を行う)
成果を出さなければ許されない環境に変える。
能力の低い人間についても処分を検討していく。
市民生活を守れないような市役所は要らない。
「成果を出せない役所を倒す。倒れたくなかったら頑張れ。」という状況を作ればみんな頑張りますよ。
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「こんなデフレの時代、まして市の財政事情を考えたら定期昇給を中止するのが当然」と考える人もいるが、これもゼロイチに凝り固まった単純思考である。定期昇給=賃上げ(ベースアップ)ではない。定期昇給は1年間の能力向上に見合った昇給を定期的に行うためのものである。ベースアップとは、定期昇給だけでは物価上昇分だけ事実上の賃下げになるのを防ぐために行われるものである。したがって定期昇給は能力に応じてきちんと行われるべきで、その上で必要ならばベースアップか賃金カットをすれば良い。
民間でもよほど業績が厳しいときには定期昇給が延期されることもあるが、賃金体系を壊してでも凍結せざるを得ないほどのやむを得ない事情がある場合に限られる措置であり、あるべき姿では全くない。
もし必要なら、市の財政事情と人件費を照らし合わせて、どうしても定期昇給凍結が必要であることを説明する責任がある。市長自身にも相応の痛みを伴うことも当然のこととなる。しかし、竹原氏は一度は昇給の決済をしながら何の説明も事前交渉もなく独断で停止したとなれば、これは巷で言われる「定期昇給の凍結」とは性格を異にし、ただの部下いじめ大作戦&自分の失態隠ぺい工作となる。

次に、2行目以降から読み取れることは何か。「成果を出さなければ許されない環境に変える」とは、言い換えれば成果を出しても「あ、そうですか」で終わるということ。「能力の低い人間についても処分を検討していく」とは、気に入らない人間はどんどん都合のよいように排除していくということ。なんとやりがいのない職場だこと…。
これは、「成果を出した職員には応分の昇給を与える。成果を出せない能力の低い職員は降格もありえる、メリハリのある賃金体系にする。目標を明確にし、頑張れば成果を出せるという風土に変えていく。」とでも書いておけば、同じような内容でも受け取られ方は全く違う。

「市役所は要らない」だの「役所を倒す」だの、こんな脅し文句を並べ立てて「みんな頑張りますよ」とは、いやはや市長も楽な商売。横暴な主君の眼の色を伺うことが頑張ることらしい。天をも恐れぬ所業にあきれ果てたわ。ブログの題名も「竹原至上主義」にしたらいかがか。

目指す方向性は合ってるかもしれないが、手段が根本的に間違っている。阿久根が日本であるならば「要らないのは竹原氏」とNOを突き付けねばなるまい。と同時に、こんな低レベルの暴走を許す法律体系や仕組みも改善検討が必要ではないのか。阿久根とは直接関係のない部外者であるが、こうした声を広げていきたい。もし竹原氏の治外法権施策がYESならば、それはそれで個人的には構わんが、その代わり日本から独立して外国のこととしてやっていただきたい。

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パンドラの箱と化す?新型インフルエンザ
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「関東では渡航歴がないと遺伝子検査しないらしい」
という噂がネット上で広がっています。

ネット上での噂は、猥雑さを含みつつ本質を突くものと、単なる思い込みによる偏見が入り混じるため、その真偽は慎重に見極めなければなりません。
特に後者については、つい先日までは
「韓国がアジア初、よかったねぇ。アジアで一番で。中国はもっと隠してるんだろ。」
「さすが大阪。大阪民国ニダー。」
などと具体的な根拠もなく差別的に非難することにより、自分を安心させる低俗な方々も多いようなので、相手にしないほうがよいです。

しかし、冒頭の件についてはどうでしょうか。私は今度ばかりは前者の扱いが妥当と考えます。
読売新聞では、厚生労働省が22日になって「疑い例」の定義を改定し、
〈1〉渡航歴や患者急増地域への滞在歴〈2〉患者への濃厚接触〈3〉職場や学校にインフルエンザ症状がある人が3人以上いる
状況を総合判断し、必要ならば遺伝子検査を行うとしています。もちろん、38度の発熱と簡易検査でのA型陽性も前提条件です。
http://www.yomiuri.co.jp/feature/20090425-436828/news/20090522-OYT1T01007.htm
ということは、逆にいえば、これらの条件を満たさなければ、遺伝子検査をしなくてよいことになり、遺伝子検査をしなければ、感染は確認されないことになります。
要するに、渡航歴があるか関西帰りで怪しい場合にしか検査をしないということです。よって、感染確認されるのは必然的に、最近海外に行ったか関西帰りに限られることになります。出るとすれば、関西帰りで感染確認された人の濃厚接触者だけが可能性として残るだけです。

これはとんでもないことではないでしょうか。と言うか、関係者は当然もう気づいていますよね。偶然季節性インフルエンザと症状が似ていてごまかせるから、発覚して大騒ぎになるのが恐ろしいから放置しているだけで。

なるほど、分かった。関西は偶然気を利かした医師が、渡航歴もないのに遺伝子検査で見つけ、よりによって高校生だったので一気に広がって大騒ぎに。関西経済は感染者発生というよりむしろ風評被害で、結果的に大打撃を受けてしまいました。
関東では流行っても季節性インフルエンザで片づけて、関西で発生したことをよいことに今後見つかっても関西で感染したことにする。時間稼ぎをする間に政府が「季節性インフルエンザと同じ」と公式見解を出すことによって、もし今後仮に発生してもダメージを極小化できるわけですね。

ネットでは、関東でもGW前後に季節外れのインフルエンザの流行があったと言われており、また、渡航歴がないのに、またA型陰性であっても遺伝子検査で見つかる現状があるのに、関東ではヒト‐ヒト感染が確認されないのは、かえって不自然と見るべきではありませんか。それを前述のように選別して蓋をするということは、意図的な隠ぺいと取られてもおかしくありません。

そうか、関西経済を犠牲にして関東を守る策略ですか。ふーん、なるほど。正直者は馬鹿を見るってか。でも、しらばっくれるのも今のうちで、高校でのさらなる集団感染や、重症患者や死者が出た時点で、とんでもない事実が判明するリスクを背負うことになりますよ。
機転を利かせた検査で”自滅”状態に陥ったものの膿を出し切りつつある関西と、未だにパンドラの箱を開けずに”ごまかし”を続ける関東。どちらの施策が最後に正解と出るか、今後の動向に注目です。

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大相撲史上最悪の不祥事
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 朝青龍どころではないこの問題。ついに渦中の時津風親方が協会を解雇されました。
 相撲部屋という”密室”での事件に、警察も慎重に捜査を進めている模様ですが、何らかの形で立件されることは確実でしょう。
 
 ビール瓶に金属バットって相撲部屋の小道具だったんですね。ふうん。暴力が常態化しているから感覚が麻痺するのではないでしょうか。親族ですら見られないほどに体中をボコボコにされるなんて。これが普通の稽古でできた傷と、未だにシラを切ろうとしている。なるほど、分かった。相撲部屋って太った人が集まる暴力集団だったんですね。20年くらい相撲ファンだけど、知らなかったなあ。

 皮肉はそれくらいにしておきますが、親方が解雇されたとは言え、真相が解明されたわけではなく、親方と弟子を含む関係者で証言の食い違いも見られます。
 一部報道では、親方がビール瓶が砕け散るまで数回殴ったうえ、「かわいがってやれ」と兄弟子に暴行を指示、さらには親方による口封じもあったとされています。オマケに「こちらで火葬しますから」と証拠隠滅をも図ると言う、反省はおろか悪事を極めると言う、信じられない内容です。
 まあ、マスコミが性懲りもなく喜んで煽るのは分かっていますので、そのまま鵜呑みにするつもりはありません。
 しかし、死亡2日後に白々しくインタビューに答える親方の顔を見ると、その悪質性がよく伺えます。こうなると、疑念をもたれて当然でしょう。
 結局、私が最も問題と思ったのは、暴力があったこともさることながら、それが少なくともあったのに当初全く虚偽の報告をして、大相撲全体の信用を大きく失墜させたこと。これが解雇と言う厳しい処分の大きな要素ではないかと思います。
 
 それにしても、文科省に指導されるまで何らアクションを起こさなかった相撲協会も非常にお粗末でした。逮捕されるまで悪いこととは思わないのか。相撲の伝統の名の下に、世間から見てあまりに非常識なことがまかり通っていなかったのか、検証が必要です。

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「和歌山の常識は全国の非常識」
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「和歌山の常識は全国の非常識」。

この言葉は、2003年4月、拘置所から和歌山市議選挙に出馬すると言う、それだけでも前代未聞な”獄中出馬”で注目を集めた旅田前和歌山市長が、定員42人中で事もあろうにトップ当選してしまった時に、県民から思わず飛び出した嘆きの声である。

和歌山と言っても、和歌山市から海岸沿いに有田、田辺、白浜、串本、新宮と、特急で3時間近くもかかるだけ広いし、紀ノ川筋でも岩出、紀の川、橋本と約50kmに渡って広がる。
しかし、和歌山は近畿のオマケ扱いで、これだけ広いにもかかわらず、ともすれば和歌山全体を一くくりに見られることもなきにしもあらず。私が働いている大阪の職場では、和歌山県内に住んでいるというだけで、和歌山県内のことなら端から端まで道路でも観光地でも私なら何でも答えられるのではないかと思われたりして、時々ムッとすることがある。

それだけに、15日に木村良樹知事が談合容疑で逮捕されるなど、「和歌山」が一連の問題で世間を騒がしていることは残念でならない。それだけで和歌山全体のイメージダウンに直結しそうな気がするからである。

もう、こうなったら同じ和歌山絡みでイメージダウンついでにもう一つ…。
企業の情報に神経を尖らせる人達
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「ブログや掲示板を検索して自分の会社の情報をチェックする」ことを仕事にしている部署があるらしい。

企業のコンプライアンス対策の一環とみられる。これだけの情報化社会の中、企業が不祥事を起こせば、マスコミに叩かれ、掲示板やブログでボロクソに非難される。
それは、例えばリコール問題だとしたら、リコールに要する費用(回収や修理の費用)よりも、むしろ、こうした風評被害の方が圧倒的に怖いのである。
自社の情報で掲示板が荒れていたら、炎上を緩和するような書き込みをすることもあると聞く。掲示板の”住民”もそれを承知してか、企業を肯定する書き込みが偶然3件続けば、「社員の方ですか」と過剰反応するくらいだ。

また、企業が採用活動するときも、学生の就職活動掲示板などを採用担当者がチェックすることがあるという。
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