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まだ幕引きが許されない履修漏れ問題
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履修漏れ、別名必修逃れ問題。このブログで何度も取り上げてきたが、まだまだ書き足りないくらいなのである。

履修漏れの調査が一通り終わり、文科省が救済策をまとめたことで、この問題は幕引きとなりそうな雰囲気が漂っている。
学習指導要領のあるべき姿や大学受験の弊害など、中長期的な議論を要する課題がある。これは一朝一夕に片付く問題ではないとは思う。

しかし、その議論に進む前に、まず現状の、”ざる”同然の不十分な実態調査だけで決着して本当に良いのだろうか。補習時間上限70時間という救済策。確かに最大350時間丸々よりかは大いに助かるだろうが、とは言っても受験前の負担としては無視できないレベルであろう。できることならこれすらも免れたいのが本音だろう。それ故、目先の利益だけ考えた履修漏れ隠しが未だに横行してしまうのである。

それともう一つの問題は、これだけ重要な問題なのに、履修漏れか否かの判断基準が、県教委などによってバラバラだということである。よって、実態が同じでも、ある県の高校なら”アウト”、別の県の高校なら紙一重で”セーフ”という事態が起こってしまうのだ。そしてその判断如何で、補習70時間の有無も左右される。補習を受ける生徒にとっては不公平感極まりないのではないか。

こんな中途半端な状態では、幕引きは許されないと思う。
深刻さ増す必修逃れ隠し
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必修科目履修漏れの救済策がまとまった。
・70コマ分(2単位)までは校長の裁量で50コマまで削減して補習。
・70コマを超える(3単位以上)場合は70コマの補習を上限とし、残りはレポート提出で補う。
と言う内容である。

賛否両論あるのは分かる。正規の授業を履修した人にとっては不公平感が残ることは否めないだろう。
しかし、現実問題、最大350時間とも言われる補習をするとなると、負担が大きすぎて卒業できない生徒も出て、大混乱に陥り、大規模な訴訟にもなりかねない。ましてや、卒業生にまで影響が及ぶとなると、世の中がひっくり返る。
その意味で、現実的な範囲で可能な時間確保を考えると、50コマや70コマ案が妥当な判断ではないかと私は思う。
もちろん、これは現3年生限定の話であって、中長期的な議論はこれから深めなければならないのは当然だ。

それより問題なのは、必修逃れの発覚が未だに止まらないことである。
必修逃れ、さらなる波紋
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先日から大騒ぎになっている履修漏れ問題。メディアでは、意図的に履修しなかったので悪質と考えたのか、「必修逃れ」という聞こえの悪い言い方に変えてきている。

前回、私は「履修漏れ隠し」が問題にならないか強く懸念することを書いた。そしたら、早速…。
矛盾が避けられない履修漏れ対策
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前回取り上げた世界史の履修漏れ。予想通り、日を追うごとに公私立問わず、そして世界史に限らず、問題が拡大している。

文科省幹部はあくまでも学習指導要領を楯に、不足分の補習をするようかたくなな姿勢である。世界史A2単位取得に必要な授業時間は70時間。まだこれなら、土日や冬休みを利用するか、卒業式を遅らせることで物理的には対応可能だ。しかし、盛岡中央高校のように10単位350時間もの補習をそのまま行うことは、もはや現実的ではない。

そして、履修漏れがあった学校数は、全国で400校を超えると言う。この現状を踏まえ、今後の展開を考察してみることにする。
世界史の履修漏れ
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富山県の県立高校で、必修の世界史の履修漏れが問題になっています。大学受験に注力するために、受験に必要のない世界史の授業をせず、教育課程上はやっていたことにしていたと言います。
相次ぐいじめ問題、問われる教職員の意識
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いじめによる自殺者が後を絶たない。しかもその背景に、教師の規範意識や教委の事なかれ主義まで明らかになり、残念でならない。

北海道滝川市の小学校で小6女児が首をつり、その後死亡した。女児は遺書を多数したためながらも、市教委はいじめが原因となかなか認めず、最近まで遺書の存在さえ否定した。文部科学省の一喝によりようやく認めると言う無様な対応だった。

一方、福岡県筑前町では中2男子生徒が自殺した。教師がいじめを助長する発言をしたと言う。「からかいやすかった」と言う弁明。教師がいじめを解決するどころか、原因を作ってしまうとはもってのほかである。
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