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Part13 DiMAGE A200とZ5
2004年度下半期にコニカミノルタから発売された機種を見ていきますと、α-7 DIGITALの他には、DiMAGE A200とDiMAGE Z5があります。

DiMAGE A200は従来機種DiMAGE A2の廉価版の位置づけで、800万画素を維持しながら15%の小型化を達成しました。EVFは固定で、EVFと液晶を自動切換えするアイセンサーも省略、EVF画素数もA1並みに戻ってしまいましたが、代わりに液晶は左右方向にも動かせるようになりました。また、4倍までのデジタルズームを使用できるようになる(従来は2倍固定)など、より初級者を意識した仕様となっています。この頃から、DiMAGE Aシリーズはレンズ一体型一眼レフよりもハイエンドコンパクトというカテゴリに分類されることが多くなってきました。

DiMAGE A2の後継機を待っていた人たちにとってはやや期待外れだったと思います。機種の位置づけも、いったいどのユーザ層を狙ったのかはっきりせずやや中途半端な気がします。しかし、デジタル一眼レフが売り上げを伸ばし、コニカミノルタからもα-7 DIGITALをリリースしている関係上、これとユーザ層は棲み分けたいところ。その意味では今までの資産を活かしていくなら廉価版にするのもやむを得ないとも思います。

一方、DiMAGE Z5ですが、Z3に比べてまず画素数が500万画素にアップし、液晶が2.0型と大型になりました。モードダイヤルと電源ボタンを独立配置し、直感的に操作しやすくなりました。スペックに表れている以外にも、外観は同じプラスチックながら見た目に高品位化が図られています。

ただ、惜しまれるのはZ3から退化した部分も少しあるということです。AF時間はテレ端で0.2秒から0.3秒に延び、連写も2.5コマ/秒から2.2コマ/秒に減ってしまいました。(AF時間はこれでも十分に速いという判断と思われますが…。)UHS連写のときは、10コマ/秒を維持したのは良かったのですが画像サイズが1280×960から1024×768ピクセルに減ってしまいました。これがユーザにどう受け止められたでしょうか…。

それにしても両機種ともに、シリーズ最後となってしまいました。この頃、フォトイメージング事業はα-7 DIGITALの華々しいデビューの一方で窮地に立たされており、赤字からの脱却が急務となっていました。そして、さらに思い切った施策へと進んでいきます。

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Part12 α-7 DIGITALついに登場!
2004年9月15日、デジタル一眼レフ「α-7 DIGITAL」が発表されました。αファンが待ちに待った、というか待たされ過ぎたデジタル一眼レフの登場です。

セールスポイントは全てのαシリーズのレンズが使え、CCDシフト方式の手ぶれ補正を内蔵しほぼ全てのαレンズで手ぶれ補正効果があることです。画期的なカメラと言えるでしょう。

製品の発表会では、”お披露目”を演出するために花嫁衣裳をモデルを起用する気合いの入れようで、「キヤノンの20Dを見ましたが、(ファインダーの部分は)正直勝たせていただいたと思いました」との大胆発言も。

ユーザのネット上での反応は拍手喝さいがある一方で、先のDiMAGE Z3のトラブルが尾を引き、「CCD手ブレ補正でZ3みたいに配線が切れるとかそんなことはないのかねぇ」、「買うとしても初期不良とお粗末な対応にあうんじゃたまらんので様子見ですな」、「今度Z3のようなトラブルがあったら、次こそ袋たたきにあうだろうな」と言った冷ややかな反応も多く見受けられました。

フォトイメージングの宮地社長からはデジタル一眼レフの「中上位機種においてシェア30%以上狙う」という強気の宣言もありました。しかし、11月の発売当初は待ちに待ったαユーザーが一斉に買ったものの、宣言とは裏腹に、画期的な手ぶれ補正とは言え裏を返せばメリットは手ぶれ補正だけという声も…、しばらくするとあれよあれよと言う間に売り上げを落とし、半年後にはシェア1~2%程度の低空飛行に落ち着くことになります。

コニカとミノルタが統合していなかったら、このα-7 DIGITALは登場しなかったとも言われています。その一方で、同社のデジカメ事業の計画は1年持たずしてズルズルと後ずさりしていきます。統合した意味は一体なんだったのか、ユーザに夢のあるビジョンが示せないまま2004年を終わろうとしていました。

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Part11 横縞にシステムエラー、凍るDiMAGE Z3
高倍率コンパクト市場への参入に成功していたコニカミノルタは、2004年8月、DiMAGE Z2の後継機DiMAGE Z3を発売します。光学ズームを10倍から12倍に強化し、DiMAGE Aシリーズで好評だったCCDシフト方式の手ぶれ補正を導入しました。

売りのジェットAFもさらに高速化し、ボディはカッコいいブラックを中心に展開。コニカミノルタがいよいよ本気を出してきたと思わせる意欲作であります。DiMAGE Z2を買っていた人は複雑な思いだったでしょう。ネット上での前評判も上々で、大ヒットを予感しました。

ところがところが…、意外にも大変な事態になってしまいました。

発売後、価格.comなどで続々と不具合が報告され、ものすごいブーイングになりました。
主な不具合は次の通り。
・画像に横縞が発生する。
・連写するとシステムエラーになったり、フリーズすることがある。
・内蔵時計がずれることがある。
ユーザの中には、販売店に初期不良を訴えて2回も新品交換してもらったにもかかわらず、ことごとく再発し、ついには返金してもらって他機種に乗り換えた人もいたそうです。

これらの不具合はレビュー記事などでも取り上げられました。
http://it.nikkei.co.jp/pc/column/dcreview.aspx?ichiran=True&i=20040913c5000dp&page=3

同社が公式に不具合を認め、症状を改善するファームウェアをリリースしたのは発売1ヶ月以上経ってからのこと。対応の遅さも批判されました。発売当初からあれだけネット上で騒がれていたわけですから、不具合があることだけでも認め、早々に回収し販売を見合わせる手段もあったのに、対策の目処が立つまでそのまま売り続けたことは結果的に顧客の信頼を大きく失うことになったのではないかと考えます。
また、これから購入しようと思っていた人が購入意欲を大きく削がれたのは間違いないでしょう。

せっかくの”本命”機種が発売早々、出鼻をくじかれたのは非常にダメージがありました。ユーザの間では、Zシリーズの将来や手ぶれ補正技術そのものにまで不信感が生まれ、後々に尾を引いてしまいました。
Part10 早くも横ばい計画へ
コニカミノルタが統合当初、No.1を目指すべく展開していたデジカメの4つのカテゴリのA、X、G、Zシリーズ。Aシリーズはキヤノンやニコンのデジタル一眼レフ入門機と価格帯が重なり、将来は悲観的なものしか見えてきません。Xシリーズは前回書きましたように”自滅”に近い形でブランド力が急速に低下してしまいました。Gシリーズはコニカの血を受け継ぐ高性能コンパクトですが、家電量販店ではまるで相手にされず。前途有望なのはZシリーズくらいでしょうか…。これが統合して半年後の状態です。

2004年3月、2006年までの3年間の中期経営計画が同社から発表され、フォト事業と合わせた売上高を2003年度の2900億円の水準のまま維持し、利益確保に向けて事業構造を改革する方針を打ち出しました。いわゆる「横ばい計画」と呼ばれるもので、拡大路線を修正してあえて売り上げを伸ばさずに高収益の機種に移行しようとしたものと考えられます。私はこの時点での修正はやむを得ない面があると思います。この貧弱なラインアップと販売施策ではシェア15%を狙うこと自体無茶でしょう。
この時点で、既に発表していたデジタル一眼レフを走らせるとなると、コンパクトタイプはそれなりに絞ることになるのは間違いないところです。AシリーズとGシリーズは消えるのではないかなと予想されました。

2004年度上半期に発売された機種を見てみますと、 4月にDiMAGE G600、8月にDiMAGE G530が発売されています。G600はコニカ時代の最後の機種KD-510Zの後継で画素数を600万画素に増やしただけであります。G530はG400の後継ですが、こちらもCCD乗せ替えのマイナーチェンジ。G400はレンズカバーを右向きに開ける方式、G600は左向き、そしてG530はまた右向き。「ええ加減統一して欲しい」という声も…。G530をもってGシリーズは終息となりました。

一方、何としても巻き返しを図りたい、”元祖”薄型のXシリーズ。8月に待望のフルモデルチェンジとなるDiMAGE X50が発売されました。レンズが中央に配置され、液晶を2.0型に大型化、スライド式のレンズカバーを導入した500万画素2.8倍ズーム機です。
スライドカバーは実際に手にとって見ると思った以上に感触が良く、使い勝手も良さそうなのですが、まずそれ以前にデザイン面がいただけません。ソニーのT-11とか松下のFX7のような洗練されたデザインならば、見た目でまず手に取ってみたくなりますが、X50は見ただけで「欲しいのとは違うんだよな」と相手にされないような気がします。私としても当時Xtからの買い替えを考えてまして、Xシリーズの後継機には期待していただけにこのデザインは残念でした。もう少し何とかならなかったのでしょうか。何が不満かを言葉で書き表すのは難しいのですが、まるで”試作機”のように”未完成”な感じです。
問題はさらに、Xシリーズの売りの一つでもあった薄さをスポイルしてしまったことです。初代Xが発表されたときのあの感動はどこに行ったのでしょうか…。23.5mmと3.5mmも分厚くなってしまいました。技術的に難しかった面もあったかもしれませんが、せめて従来機種と同等の20mmは維持して欲しかったです。他にも光学2.8倍ズームと3倍からこれまた微妙なスペックダウンですし、開放F値もテレ側は5.0と暗くなってしまいました(Xgまでは3.6)。これでは、デザイン面だけでなく、実力でも他社モデルに勝てそうにありません。カメラと言うものに愚直にまでこだわった一方で、どこか”妥協”の多い商品企画は市場のトレンドから大きく遅れをとってしまう結果となりました。

こうして、X50で薄型のカテゴリを復活させることができず、初代Xで見せた勢いは日を追うごとに”風前の灯”になっていきます。そして、市場参入に成功していたZシリーズにも魔の手が…。

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Part9 なぜか退化した後継機種
コニカミノルタのデジカメが決定的におかしくなったのはこの時期ではないかなあ。2004年2月新製品が4機種同時発表されましたが、前回書いていない残る2機種はDiMAGE XgとDiMAGE X21です。DiMAGE Xgは前年4月発売のXtの後継機、DiMAGE X21はX20の後継機です。

普通、後継機と言えば、画素数アップや機能追加、性能向上など、仮にマイナーチェンジの色合いが濃くても前作より魅力のある製品に仕上げてくるはずであります。ですから商売上、新規ユーザのみならず、前作までのユーザの買い替え層も取り込むことを考えるはずです。

しかし、DiMAGE XgはXtと比べハード面での退化が2点もあります。充電クレードルの廃止とTV出力機能の省略です。「家に帰ってバッテリーを抜いて充電すれば済む話じゃないか」「TV出力にこだわるユーザはごく少数だろう」という考えがあったかと思います。確かにそうかもしれません。が、競合機種が逆にクレードル対応を売り文句にしている中で流れに逆行してしまったのは非常に痛いです。これでは、まるでどちらが後継機種か分からないです。
DiMAGE X21の方は、DiMAGE X20で可能だった音声付き動画撮影を事もあろうに音声なしにしてしまいました。3~4年前ならまだ仕方ないでしょうが、音声のない動画ほど味気ないものはあるでしょうか…。

これは、DiMAGE X20で成功したコストダウンモデルをさらに推し進めることで、Xシリーズの浸透を図る狙いがあったものと思われます。が、CCDセンサなどのキーデバイスを持っていない同社がこのような作戦をしても、コスト競争で勝てるわけがありません。私はむしろ、少し値段は高いけども他社には絶対負けない付加価値があるという路線を守って欲しかったです。
ここでわざわざ商品価値を低下させて遠回りしたことが、決定的な敗着の一手になったと私は見ております。

2004年7月にはDiMAGE X21の画素数を300万画素に上げただけのDiMAGE X31が発売されました。しかし、その間にソニーは薄型でデザイン性に優れたTシリーズを次々と発売、キヤノンは20mmの薄さを実現したIXY DIGITALシリーズを投入、そして2004年8月には松下から薄型+手ぶれ補正のFX7が発売されたことで、既に薄さは全くアドバンテージではなくなり、市場での存在感を”自ら”薄めてしまう結果となったのです。

ただし、ここで勘違いしていただくないのは、DiMAGE XgやX21そのものの内容が悪いと言っているわけではありません。私は実際にDiMAGE Xgを所有していますが、Xtに比べてバッテリー(両機種で共通)の持ちが格段に向上していることを実感します。Xgで導入したフルオートシーンセレクタモードは嫁さんが使っていて便利だと話しています。
私が指摘しておきたいのは、あくまで商品戦略上の致命的な失敗だったと言うことです。

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Part8 ブランド統一はお客様の声?
2003年11月、コニカミノルタはDiMAGE G400を発売。0.7秒の高速起動、ハイブリッドAF、そして充実のマニュアル機能。コンパクト機としてワンランク上を狙った製品です。しかし、ユーザに対して分かりやすいアピールポイント(今で言うところの手ぶれ補正や高感度など)が足りず、市場にはスルーされてしまいました。統合して「シナジー効果」を生み出すとしていたはずが、Gシリーズに関してはコニカ時代よりかえってブランド力を弱めてしまったように思うのは気のせいでしょうか…。そもそも、ユーザの間では、統合によってカメラのシェアがぐっと伸びることについて懐疑的な見方が多かったように思います。

そして2004年2月、大きな発表が待っていました。それは、デジタル一眼レフα-7 Digitalの開発発表、さらにカメラのブランドをミノルタからコニカミノルタに統一することでありました。
このブランド統一について同社はプレスリリースで、「お客様より、コニカミノルタグループトータルでのシナジーを発揮すべくブランドを統一し、ブランドイメージの強化を図るべきとのご意見を数多くいただきました」とコメントしていますが、これは本当でしょうか。かなり疑問です。実は、「お客様」ではなく「株主様」「販売する量販店様」の声ではなかったでしょうか…。ブランド名としては少々長すぎますし、ただでさえあまり良くないカメラのデザインの印象も一層悪化したように感じられます、私には。

同日、コニカミノルタブランドで新製品4機種が一挙に発表されました。まずはDiMAGE A1の後継機DiMAGE A2。CCDシフト方式の手ぶれ補正を継承しつつ、画素数を800万画素に引き上げ、ビューファインダーを92万画素の高精細タイプにしました。ただし、カメラとしての完成度は高く評価できますが、市場は完全にデジタル一眼レフに移行しており、DiMAGE Aシリーズの将来は既に厳しいものがありました。

次はDiMAGE Z1の後継機DiMAGE Z2。画素数を400万画素に引き上げ、世界初となる800×600ピクセルの動画も実現しました。本当に800×600ピクセルの動画が使い物になるかは分かりませんが、大事なのは少しでも+αを積み重ねる意欲を見せることだと思います。また、DiMAGE Z2は手ぶれ補正こそ搭載していないものの、画質ではZシリーズの中で最も良かったと今でも言われています。

DiMAGE A2とDiMAGE Z2はいずれも正常進化モデルで、まあ良いでしょう。しかーし、しかし、残る2機種が大問題、将棋で言うところの大悪手となったのです。

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Part7 ミノルタのデザインセンス
高性能コンパクトデジタルカメラと言えば、ミノルタからはDiMAGE F100, F300があります。2003年3月、DiMAGE F100の後継となる400万画素機DiMAGE F200が発売されました。エリアAFの強化、動画の撮影時間が無制限になるなどマイナーチェンジの機能UP。

しかし、個人的にはグリップのアクセント(上の写真では茶色の部分)はセンスないんじゃないかなあ。デザインだけ見ればまだF300の方が良かったような気が…。それと2002年にDiMAGE F100を店頭で見たときには「適度にコンパクトだなあ」と思ったのですが、競合各社が着実にコンパクト化に注力した結果、翌年2003年にF200を見ると、不思議なことに「なんだか分厚くて野暮ったいかも」と思ってしまいました。

一方コニカはDigital Revioシリーズを展開し、2003年6月、コニカとしては最後のカメラとなるKD-510Zをリリース。カメラとして熟成され、解像感のある画質は好評を得ました。

高性能コンパクトは、ミノルタのFシリーズ、コニカのRevioシリーズの対象ユーザが重なるわけで、両社が経営統合したときにどちらが残るのか、あるいは”良いとこ取り”をするのではないかと思われました。結局RevioシリーズがDiMAGE Gシリーズとなって続くこととなりました。

コニカとミノルタが統合する際、「カメラはミノルタ、フィルムはコニカ、それ以外はコニカミノルタ」ブランドで販売することになりました。そして、デジカメ事業については2003年8月28日付の基本経営戦略資料で次のように説明されています。
「4つのカテゴリとなる薄型コンパクト、小型高画素、低価格高倍率ズーム、レンズ一体型高機能でNo.1ポジション(30%)を獲得する(全体シェア15%)。」

ちなみにこの発表内容は今からわずか2年半前の話ですよ。当時はシナジー効果も狙って全体シェア15%取ろうなんて、今から考えたら「なんじゃそれ!?」って感じで何ともコメントのしようがないですが。で、この時点ではデジタル一眼レフについての参入については計画の中に入っていませんでした(少なくとも公式発表はしなかった)。
それはさておき、薄型コンパクトに相当するのはXシリーズ、レンズ一体型高機能はAシリーズ、前回のお話から小型高画素はコニカ系を受け継いだGシリーズ。じゃあ、低価格高倍率ズームとは…。というわけで、同社にとって新規参入となるカテゴリなのであります。これが300万画素光学10倍ズーム機DiMAGE Z1です。

コンパクトなボディに10倍ズームレンズを搭載し、撮影機能も本格的に備わっている、そして何と言ってもAFが速い。動画機能も充実し、VGA30フレーム/秒でしかも撮影中でもAFが可能なのが魅力でした。商品企画から生み出したヒット作であり、従来このカテゴリはオリンパスが独占していましたが、ほぼ同時期に参入した松下電器とともにシェア獲得に成功しました。

しかし、当時デザイン面での評価があまり芳しくありませんでした。同社も「ヨーロッパ市場を意識した近未来的なデザイン」とコメントしており、日本人には少々奇抜に映ったかもしれません。写真家の田中希美男氏のサイトではケチョンケチョンに書かれていたことを記憶します。「これが大阪、関西のセンスと思われてはそれは違う」「これはコニカミノルタとなる前のミノルタの、それも堺市のミノルタ技術センター内のデザイン部門だけの特異なセンス」と書いてあるところを読んで思わず大爆笑しました。さらに「ミノルタはどうしてこうもデコラティブ過剰な、超アバンギャルドなスタイリングに仕上げるのか、いつも不思議でなりません」「加えて惜しいのはボディ外観の、人をおちょくったようなスタイリングなんだよなあ」の皮肉も最高傑作でした…。
ただ私自身は、Zシリーズが続くにつれて、目が慣れたのもあるかもしれませんが、店頭で実際に手に取ってみると、「意外とコンパクトじゃないか、使いやすそうだし」と印象が少し変わってきましたけどね。

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Part6 DiMAGE A1 vs. EOS Kiss DIGITAL
薄型シリーズのさらなる普及を狙うミノルタは”廉価版”Xシリーズに軸足を移します。つまり、初代X、Xi、Xtはいずれも薄型と言う付加価値の代償としてどうしても他社製品より高価になってしまう。カメラ量販店ではそれなりに置いてもらえても、安売りを重視する家電量販店には相手にされない、といったケースも見られました。そこで、DiMAGEブランドのさらなる浸透を図るべく、販路を広げるためにも低価格化を目指したと思われます。
そして2003年8月、画素数を200万画素に抑え、乾電池が使えるDiMAGE X20を発売しました。薄さは従来より3mmほど厚くなりましたが、初心者に優しい操作性なども含め、個性的なモデルとして評価されました。
私は当時DiMAGE Xtを買うか、X20を買うか迷いましたが、Xtにしました。理由はまず薄さの要素が自分の中では大きいと思ったこと、そして、X20には録音機能がなかったこと(電車の音とか録音したい)や、X20はボディがやや安っぽく見えてしまったことであります。
この低価格化路線、X20はまだ良かったと思うんですが、この後も続けてしまったことが敗着につながったような気がします。

一方、翌月の2003年9月にはDiMAGE A1を発売。何と言ってもCCDシフト方式の手ブレ補正が画期的で、AF高速化も大きな売りでした。ハイエンド機の決定版と言えたと思います。(発売当初の実売価格13万円)

しかし・・・、この頃、今まで約30万円とハイアマチュアしか手が出なかったデジタル一眼レフが安価になりつつあり、DiMAGE A1とほぼ同時期にキヤノンが「EOS Kiss DIGITAL」をボディ単体で12万円弱というこれまたほとんど同じ価格帯で発売し、これを機に一斉にデジタル一眼レフ普及期へと突入していきます。その意味で、今考えて見ますとDiMAGE A1は既に時代遅れになりつつあったのかもしれません。

そして、コニカとミノルタが経営統合することとなりました。デジタル一眼レフの登場を待ちわびるαユーザーの声が日増しに高まる中、デジタル一眼レフへの再参入について当時の同社はまだ「検討中」とする姿勢でした。

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Part5 全盛期!…でも長くはなかった
2002年2月に発売したDiMAGE Xはミノルタのデジカメとして最大のヒット作となりました。また、2ヵ月後にはDiMAGE 7のAF性能などを改善したDiMAGE 7iを発売し、ハイエンド機としてユーザに浸透していきます。ちなみにDiMAGE 7iは私も購入しておりまして、現役活躍中です。

さらに、高性能とコンパクトを両立した400万画素光学3倍ズームのDiMAGE F100も発売しました。被写体を自動追尾するAFを搭載するなど魅力のある機種です。この機種もヨドバシカメラの週間売り上げランキング4位を獲得しました。つまりこの時期、ミノルタはDiMAGE X(実売5万4800円)、DiMAGE 7i(実売11万9800円)、DiMAGE F100(実売6万9800円)という付加価値の高い3機種が全て成功を収め、本格参入2年目でいよいよ全盛期を迎えることとなります。売り上げ・利益ともに最も良かった時期ではないでしょうか。

2002年後半のミノルタは、DiMAGE 7iのマイナーチェンジ機DiMAGE 7Hi、DiMAGE Xの300万画素版となるDiMAGE Xiを発売しましたが、ややおとなしい展開に。
実はこの頃、大ヒットしていたのは富士フィルムのFinePix F401。ボディの薄さは27.5mmと、DiMAGE Xより7mm以上も厚かったのに、高画質が評価されてなんと半年間もヨドバシカメラの売り上げランキング首位を維持しました。「ヒットの要因は薄さとは限らない」ことを、当時の市場は物語っていたように思われます。(これがコニカミノルタでの後の商品戦略に微妙に影響を与えたかも…)

そして2003年春、DiMAGE Xiの後継機として、同じ300万画素ながら少しだけ高さを低くし、デザインを洗練させたDiMAGE Xtが登場。録音機能や時間無制限の動画など、仕様面でもDiMAGE Xシリーズの一つの完成形に仕上げました。(私も購入しました。)

ただ、DiMAGE Xが登場したときのインパクトは徐々に薄まってきた感は否めません。というのも、薄型のライバルとしてカシオの「EXILIM EX-Z3」やペンタックスの「Optio S」が登場。EX-Z3は液晶が当時として大型の2.0型を採用しているのが魅力で、ペンタックスは世界最小最軽量の称号をミノルタから奪ったのです。しかも、DiMAGE Xtは部品調達の遅れなどで、ライバル2機種よりも2週間程度遅くなったのも響きました。ちなみにこの3機種の中で最も売れたのはカシオ「EX-Z3」でした。操作性や画質を含めた総合力で差が出ました。

つまり、”他社にはなかった魅力”だった薄型も、他社と同レベルにまでトーンダウンしてしまい、独自の強みをアピールできなくなっていたのです。

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Part4 DiMAGE X、カウンジャー!
2001年9月、ミノルタは特別損失などを一気に計上し、大赤字に転落します。業績悪化を受けて2001年末にかけて株価は値下がりし、歯止めがきかなくなりました。そしてついに100円を切る92円まで一時は叩き売られたのです。

この苦境の中、ミノルタのWebサイトではティザー広告が始まりました。第1弾は「なつかしい友だちに出会ったら」「街を歩くのって面白い」など、日常的なシーンで活躍することを連想させる内容、第2弾は超薄型を強調するものでした。とにかく画期的な新製品ではないかと言う前評判でありました。

そのカメラは何を隠そうほかでもない、現在の薄型コンパクトの元祖となった200万画素光学3倍ズーム機「DiMAGE X」(2002年2月発売)であります。

当時として、世界最小・最軽量となる薄さ20mmを達成、起動時間も世界最速1.8秒。屈曲光学系を採用し、レンズが飛び出さないインナーズームを実現しました。今までになかったデジカメの登場で話題をしばらく独占したDiMAGE Xは、カメラ量販店を中心に売り上げを伸ばし、ヨドバシカメラでは約1ヶ月間ランキング首位の座を獲得、ミノルタのデジカメの存在感を示しました。
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